日本陸上競技連盟史
1994年度
1994年度
平成6年4月~平成7年3月
朝比奈が初の海外マラソンで日本最高
1994年度は、4月のロードレースで2つの日本最高記録が生まれてスタートした。
まず国内では、4月17日に石川県輪島市で行われた第78回日本選手権50km競歩・第31回全日本競歩の男子50kmで、今村文男(富士通)が3時間53分29秒の日本最高記録で2連覇。自身が前回のこの大会で作った日本最高を、2分48秒も更新した。女子10kmでは、優勝した佐藤優子(資生堂)が44分44秒、2位の林江見(順大)が44分46秒で、ともに日本最高記録を破り、3位の板倉美紀(順大)が44分53秒の日本最高タイだった。
同日、オランダで行われた第14回ロッテルダム・マラソンでは、朝比奈三代子(旭化成)が2時間25分52秒の日本最高記録で優勝を飾った。マラソンは4回目で、海外レースは初挑戦。大器と目されながら、過去3回の大阪国際女子マラソンでは終盤に失速しており、今回のテーマは「我慢と忍耐」。朝比奈はそれを見事に体現し、今年1月の大阪国際で安部友恵(旭化成)と藤村信子(ダイハツ)が出した2時間26分09秒を破った。
春季サーキットは低調、強化委員長が苦言
ロードでは好スタートを切ったものの、トラックシーズンに入るとやや寂しい出足になった。春季サーキットは、4月24日の第42回兵庫リレーカーニバル(神戸・ユニバー記念)男子10000mで、高岡寿成(鐘紡)が自身初の27分台となる27分59秒72で圧勝。4月29~30日の第28回織田記念(広島広域)は、今秋のアジア大会の運営リハーサルを兼ねて行われ、初日の女子1500mで弘山晴美(資生堂)が2位ながら、4分11秒10の日本新をマークした。
ただ、この年の春季サーキットは全体的に低調で、日本陸連の大串啓二強化委員長は総括会見で「今年のアジア大会のホスト国として、再度一大奮起を期待したい」と選手たちにハッパをかけた。
日本選手権では男女3種目に7つの日本新
高3の高橋が男子200mで20秒90
広島アジア大会の代表選手選考会を兼ねた第78回日本選手権大会は、梅雨入りしてすぐの6月10~12日に東京・国立競技場で開催され、男女3種目で7つの日本新が誕生した。
雨天の最終日には、男女の800mで好記録が出た。女子は高卒1年目の池田真理子(ワコール)が、9年ぶりの日本新となる2分04秒53で2位。男子は、日本記録保持者の小野友誠(法大)が、自己記録を0.55秒短縮する1分46秒73で優勝。2位の今野義人(ダイエー)も1分46秒90と、そろって日本人初の1分46秒台をマークした。この2人は日本選手権を終えるとヨーロッパへ遠征し、わずか2週間後には小野が1分46秒18、今野は1分46秒22と記録を縮めている。
日本の実業団に所属する中国籍の王秀女弟(ニコニコドー)が優勝した女子3000mは、2位の弘山晴美(資生堂)以下4選手が日本記録(8分57秒37)を破り、7位までが9分を切るハイレベルのレースになった。弘山の記録は、日本記録を一気に6秒以上更新する8分51秒21。弘山もこの後ヨーロッパへ飛び、6月29日にフィンランド・ヘルシンキで行われたワールドゲームで8分50秒40(5位)と、日本記録をさらに縮めた。
トピックスは男子200mで、高校3年の高橋和裕(添上高・奈良)が20秒90の同タイムで伊東浩司(富士通)を退け、日本選手権チャンピオンになったこと。高橋は翌週の6月18日、大阪・長居第二競技場で行われたインターハイ近畿地区大会の200m決勝で、20秒57(+0.5)の日本新記録を樹立。前年5月に井上悟(日大/現・ゴールドウイン)が出した記録を0秒15更新した。
スーパー高校生の称号を得た高橋の快進撃は止まらず、8月1~4日に行われた富山インターハイでは、100m、200m、4×100mリレー、4×400mリレーの4種目に勝ち、史上初の〝4冠〟を達成。100mは10秒24の高校新、200mは20秒90の大会新、両リレーは4×100m40秒24、4×400m3分10秒45といずれも高校新だった。
女子5000mで五十嵐が15分23秒36のアジア新
第5回世界ジュニア選手権が7月20~24日、ポルトガルの首都・リスボンのリスボン大学スタジアムで行われ、最終日の女子10000mでは大学1年の山崎陽子(筑波大)が32分34秒11で優勝。10000mは自身2度目のレースながら、日本勢として大会史上初の金メダルを獲得した。日本勢のメダル5個・入賞17は過去最高。
7月16日の静岡県選手権(草薙)男子棒高跳では、竹井秀行(ミキハウス)が5m57の日本新。1992年5月に同競技場で佐野浩之(ファースト/現・東海交易)が作った記録を1cm更新した。
TOTOスーパー陸上は9月15日、東京・国立競技場で行われた。女子5000mで五十嵐美紀(リクルート)が3位ながら、15分23秒36の日本新・アジア新。1991年5月のこの大会(草薙)で王秀女弟(中国)が出した15分23秒58のアジア記録、太田利香(ワコール)が出した15分24秒35の日本記録を、ともに破った。
広島アジア大会、金メダル5個は史上最低
第12回アジア競技大会は広島市で開催され、陸上競技は10月9日の男女マラソンで口火を切り、16日までの7日間(休息日1日あり)、広島広域公園競技場(広島ビッグアーチ)で行われた。女子中長距離を席巻した馬軍団ら中国勢が43種目中22種目で金メダルを獲得して圧勝。日本は男子のみ5つの金で、金メダル数は史上最低に終わった。
その中で気を吐いたのが男子長距離の高岡寿成(鐘紡)で、2日目の10000mで優勝すると、最終日の5000mは13分38秒37の大会新で2冠を達成した。男子400mハードルの苅部俊二(富士通)と齋藤嘉彦(東和銀行)は、49秒13の同タイムでワン・ツー。写真判定の末、苅部が1000分の4秒差で齋藤を抑えた。
男子走高跳の吉田孝久(ミズノ)は、2m27を1回目にクリアして殊勲の金メダル。この種目で日本勢が優勝するのは、1978年のバンコク大会(阪本孝男)以来、16年ぶりのことだった。優勝を決めた後、吉田は日本記録を1cm上回る2m33にバーを上げたが、これは3回とも失敗した。
男子4×100mリレーは、1954年のマニラ大会以来、40年ぶりの金。中村哲也(東海大)、伊藤喜剛(水戸市スポーツ振興協会)、井上悟(ゴールドウイン)、伊東浩司(富士通)のオーダーで、アンカー・伊東が中国を逆転し、39秒37でフィニッシュした。
日本新は、女子100mと同4×100mリレーの2つ。100mは北田敏恵(大体大職)が11秒58(+0.8)で4位に入り、伊藤佳奈恵(北教大)が恵庭北高(北海道)時代に出した11秒62を破って、3年ぶりに「日本記録保持者」に返り咲いた。予選では追い風2.8mで参考記録ながら、11秒48をマークした。4×100mリレーは44秒57で銅メダル。伊藤、北田、柿沼和恵(中大)、金子朋未(伊奈総合高・埼玉)と、9月のスーパー陸上で44秒81の日本新を出した時と同じオーダーで臨んだ。
男子200mで伊東が20秒44の日本新
広島アジア大会が閉幕して1週間後の10月23日、日本グランプリ・ファイナルが改装なったばかりの熊本市営水前寺競技場で行われた。アジア大会男子200mで銀メダルの伊東浩司(富士通)が、疲れも見せずに爆走。6月に高3の高橋和裕(添上高・奈良)が出した20秒57を大幅に破る、20秒44(+1.9)の日本新でフィニッシュした。
伊東は日本新のボーナスポイント30点も加えて男子の総合優勝。女子は100mの北田敏恵(大体大職)と三段跳の森岡洋子(東海交易)が同点で並び、優勝を分け合った。
女子5000mで大学1年の木村が日本新
暮れも押し詰まった12月21日、大阪府豊中市の服部緑地陸上競技場で行われた大阪陸協強化記録会で日本新記録が誕生した。女子5000mに出場した大学1年の木村泰子(京産大)が、9月のスーパー陸上で五十嵐美紀(リクルート)が出した15分23秒36を一気に4秒近く更新する、15分19秒4をマーク。木村は12月3日の同記録会で、15分24秒1のジュニア日本新を出し、シニアの日本記録にも迫っていた。
さらに、木村はルーキーながら11月の全日本大学女子駅伝の1区を任されて区間賞。京産大の初出場初優勝に貢献した。
阪神淡路大震災が発生、大会が中止に
第19回全国都道府県対抗女子駅伝が京都で行われた翌日未明の1995年1月17日午前5時46分、阪神淡路大震災が発生。未曾有の大災害となり、1月29日に予定されていた大阪国際女子マラソンが中止となった。
記事提供:月刊陸上競技
平成6年4月~平成7年3月
朝比奈が初の海外マラソンで日本最高
1994年度は、4月のロードレースで2つの日本最高記録が生まれてスタートした。
まず国内では、4月17日に石川県輪島市で行われた第78回日本選手権50km競歩・第31回全日本競歩の男子50kmで、今村文男(富士通)が3時間53分29秒の日本最高記録で2連覇。自身が前回のこの大会で作った日本最高を、2分48秒も更新した。女子10kmでは、優勝した佐藤優子(資生堂)が44分44秒、2位の林江見(順大)が44分46秒で、ともに日本最高記録を破り、3位の板倉美紀(順大)が44分53秒の日本最高タイだった。
同日、オランダで行われた第14回ロッテルダム・マラソンでは、朝比奈三代子(旭化成)が2時間25分52秒の日本最高記録で優勝を飾った。マラソンは4回目で、海外レースは初挑戦。大器と目されながら、過去3回の大阪国際女子マラソンでは終盤に失速しており、今回のテーマは「我慢と忍耐」。朝比奈はそれを見事に体現し、今年1月の大阪国際で安部友恵(旭化成)と藤村信子(ダイハツ)が出した2時間26分09秒を破った。
春季サーキットは低調、強化委員長が苦言
ロードでは好スタートを切ったものの、トラックシーズンに入るとやや寂しい出足になった。春季サーキットは、4月24日の第42回兵庫リレーカーニバル(神戸・ユニバー記念)男子10000mで、高岡寿成(鐘紡)が自身初の27分台となる27分59秒72で圧勝。4月29~30日の第28回織田記念(広島広域)は、今秋のアジア大会の運営リハーサルを兼ねて行われ、初日の女子1500mで弘山晴美(資生堂)が2位ながら、4分11秒10の日本新をマークした。
ただ、この年の春季サーキットは全体的に低調で、日本陸連の大串啓二強化委員長は総括会見で「今年のアジア大会のホスト国として、再度一大奮起を期待したい」と選手たちにハッパをかけた。

高岡寿成 ©フォート・キシモト
日本選手権では男女3種目に7つの日本新
高3の高橋が男子200mで20秒90
広島アジア大会の代表選手選考会を兼ねた第78回日本選手権大会は、梅雨入りしてすぐの6月10~12日に東京・国立競技場で開催され、男女3種目で7つの日本新が誕生した。
雨天の最終日には、男女の800mで好記録が出た。女子は高卒1年目の池田真理子(ワコール)が、9年ぶりの日本新となる2分04秒53で2位。男子は、日本記録保持者の小野友誠(法大)が、自己記録を0.55秒短縮する1分46秒73で優勝。2位の今野義人(ダイエー)も1分46秒90と、そろって日本人初の1分46秒台をマークした。この2人は日本選手権を終えるとヨーロッパへ遠征し、わずか2週間後には小野が1分46秒18、今野は1分46秒22と記録を縮めている。
日本の実業団に所属する中国籍の王秀女弟(ニコニコドー)が優勝した女子3000mは、2位の弘山晴美(資生堂)以下4選手が日本記録(8分57秒37)を破り、7位までが9分を切るハイレベルのレースになった。弘山の記録は、日本記録を一気に6秒以上更新する8分51秒21。弘山もこの後ヨーロッパへ飛び、6月29日にフィンランド・ヘルシンキで行われたワールドゲームで8分50秒40(5位)と、日本記録をさらに縮めた。
トピックスは男子200mで、高校3年の高橋和裕(添上高・奈良)が20秒90の同タイムで伊東浩司(富士通)を退け、日本選手権チャンピオンになったこと。高橋は翌週の6月18日、大阪・長居第二競技場で行われたインターハイ近畿地区大会の200m決勝で、20秒57(+0.5)の日本新記録を樹立。前年5月に井上悟(日大/現・ゴールドウイン)が出した記録を0秒15更新した。
スーパー高校生の称号を得た高橋の快進撃は止まらず、8月1~4日に行われた富山インターハイでは、100m、200m、4×100mリレー、4×400mリレーの4種目に勝ち、史上初の〝4冠〟を達成。100mは10秒24の高校新、200mは20秒90の大会新、両リレーは4×100m40秒24、4×400m3分10秒45といずれも高校新だった。
女子5000mで五十嵐が15分23秒36のアジア新
第5回世界ジュニア選手権が7月20~24日、ポルトガルの首都・リスボンのリスボン大学スタジアムで行われ、最終日の女子10000mでは大学1年の山崎陽子(筑波大)が32分34秒11で優勝。10000mは自身2度目のレースながら、日本勢として大会史上初の金メダルを獲得した。日本勢のメダル5個・入賞17は過去最高。
7月16日の静岡県選手権(草薙)男子棒高跳では、竹井秀行(ミキハウス)が5m57の日本新。1992年5月に同競技場で佐野浩之(ファースト/現・東海交易)が作った記録を1cm更新した。
TOTOスーパー陸上は9月15日、東京・国立競技場で行われた。女子5000mで五十嵐美紀(リクルート)が3位ながら、15分23秒36の日本新・アジア新。1991年5月のこの大会(草薙)で王秀女弟(中国)が出した15分23秒58のアジア記録、太田利香(ワコール)が出した15分24秒35の日本記録を、ともに破った。
広島アジア大会、金メダル5個は史上最低
第12回アジア競技大会は広島市で開催され、陸上競技は10月9日の男女マラソンで口火を切り、16日までの7日間(休息日1日あり)、広島広域公園競技場(広島ビッグアーチ)で行われた。女子中長距離を席巻した馬軍団ら中国勢が43種目中22種目で金メダルを獲得して圧勝。日本は男子のみ5つの金で、金メダル数は史上最低に終わった。
その中で気を吐いたのが男子長距離の高岡寿成(鐘紡)で、2日目の10000mで優勝すると、最終日の5000mは13分38秒37の大会新で2冠を達成した。男子400mハードルの苅部俊二(富士通)と齋藤嘉彦(東和銀行)は、49秒13の同タイムでワン・ツー。写真判定の末、苅部が1000分の4秒差で齋藤を抑えた。
斉藤嘉彦_(JPN)_2位 苅部俊二_(JPN)_1位 フォトキシ1.jpg)
アジア大会1994広島 斉藤嘉彦2位、苅部俊二1位 ©フォート・キシモト
男子走高跳の吉田孝久(ミズノ)は、2m27を1回目にクリアして殊勲の金メダル。この種目で日本勢が優勝するのは、1978年のバンコク大会(阪本孝男)以来、16年ぶりのことだった。優勝を決めた後、吉田は日本記録を1cm上回る2m33にバーを上げたが、これは3回とも失敗した。

吉田孝久 ©フォート・キシモト
男子4×100mリレーは、1954年のマニラ大会以来、40年ぶりの金。中村哲也(東海大)、伊藤喜剛(水戸市スポーツ振興協会)、井上悟(ゴールドウイン)、伊東浩司(富士通)のオーダーで、アンカー・伊東が中国を逆転し、39秒37でフィニッシュした。
日本新は、女子100mと同4×100mリレーの2つ。100mは北田敏恵(大体大職)が11秒58(+0.8)で4位に入り、伊藤佳奈恵(北教大)が恵庭北高(北海道)時代に出した11秒62を破って、3年ぶりに「日本記録保持者」に返り咲いた。予選では追い風2.8mで参考記録ながら、11秒48をマークした。4×100mリレーは44秒57で銅メダル。伊藤、北田、柿沼和恵(中大)、金子朋未(伊奈総合高・埼玉)と、9月のスーパー陸上で44秒81の日本新を出した時と同じオーダーで臨んだ。
男子200mで伊東が20秒44の日本新
広島アジア大会が閉幕して1週間後の10月23日、日本グランプリ・ファイナルが改装なったばかりの熊本市営水前寺競技場で行われた。アジア大会男子200mで銀メダルの伊東浩司(富士通)が、疲れも見せずに爆走。6月に高3の高橋和裕(添上高・奈良)が出した20秒57を大幅に破る、20秒44(+1.9)の日本新でフィニッシュした。
伊東は日本新のボーナスポイント30点も加えて男子の総合優勝。女子は100mの北田敏恵(大体大職)と三段跳の森岡洋子(東海交易)が同点で並び、優勝を分け合った。
女子5000mで大学1年の木村が日本新
暮れも押し詰まった12月21日、大阪府豊中市の服部緑地陸上競技場で行われた大阪陸協強化記録会で日本新記録が誕生した。女子5000mに出場した大学1年の木村泰子(京産大)が、9月のスーパー陸上で五十嵐美紀(リクルート)が出した15分23秒36を一気に4秒近く更新する、15分19秒4をマーク。木村は12月3日の同記録会で、15分24秒1のジュニア日本新を出し、シニアの日本記録にも迫っていた。
さらに、木村はルーキーながら11月の全日本大学女子駅伝の1区を任されて区間賞。京産大の初出場初優勝に貢献した。
阪神淡路大震災が発生、大会が中止に
第19回全国都道府県対抗女子駅伝が京都で行われた翌日未明の1995年1月17日午前5時46分、阪神淡路大震災が発生。未曾有の大災害となり、1月29日に予定されていた大阪国際女子マラソンが中止となった。
記事提供:月刊陸上競技


