日本陸上競技連盟史
1995年度
1995年度
平成7年4月~平成8年3月
イエテボリ世界選手権
男子400mHで山崎が7位入賞の快挙
第5回世界選手権が8月4日から13日までの10日間、スウェーデン・イエテボリのウレビ・スタジアムで開かれた。男子三段跳でジョナサン・エドワーズ(英国)が、初めて18mの壁を突破する18m29の世界新記録を樹立した大会。
日本勢は、男子400mハードルの山崎一彦(アディダスTC)が予選で、齋藤嘉彦(東和銀行)の48秒68を破る48秒37のアジア新・日本新をマーク。決勝では、男子障害種目で五輪を含めても日本人初入賞となる7位(49秒22)に入った。
予選を通過して翌日の準決勝に臨んだ山崎は「今までに経験したことがない、すごい緊張感だった」と言う。第3コーナーにかかる6台目でハードリングに失敗し、5~6番手に下がった。しかし、そこからの立て直しが効くのが山崎の今季の強み。48秒64で3着に滑り込み、「決勝に行けたらいいな」という夢を実現させた。感激のあまり「そのまま(トラックに)寝転がって、まだ明るい北欧の空を眺めていたら、具合が悪いと思われたのかメディカルの係の人が飛んできてしまい、あわてて起き上がる場面もあった。
イエテボリ世界選手権では、鈴木久嗣(豊田自動織機)、伊東浩司(富士通)、井上悟(ゴールドウイン)、伊藤喜剛(水戸市スポーツ振興協会)とつないだ男子4×100mリレーの準決勝でも、38秒67の日本新が誕生。日本は4着でその関門を通過すると、決勝では5位(39秒33)。この種目の日本の最高順位は1932年ロス五輪の5位だったが、それに並んだ。
マラソン陣が不調だった中で気を吐いたのが女子10000mの鈴木博美(リクルート)で、8位に入賞。女子個人のトラック種目で入賞したのは、1964年東京五輪80mハードル5位の依田郁子(リッカー)以来、31年ぶり3人目だった。
福岡ユニバーシアード、日本の金メダル5個は史上最多タイ
1995年はイエテボリ世界選手権が終わって10日後の8月23日に、福岡市・博多の森陸上競技場でユニバーシアードが開幕。陸上は8月29日から9月3日までの日程で行われた。日本は1967年の東京大会に並ぶ金メダル5個を獲得。銀は1、銅は3。女子800mで岡本久美子(筑波大)が2分03秒45の日本新をマークした。
イエテボリ世界選手権の男子400mハードルで7位に入賞した山崎一彦(アディダスTC)は、その勢いで今大会でも快走を見せ、48秒58で優勝。山崎と同期の齋藤嘉彦(東和銀行)が3位(49秒18)に入り、日本はこの種目で3大会連続のダブル入賞を果たした。
この他、男子10000mで渡辺康幸(早大)、同5000mでは川内勝弘(日大出、エスビー食品)が優勝。湿度が高い過酷な気象条件下で行われたマラソンでも、男子は森川貴生(中大出、NKK)、女子は草萱昌子(東女体大出、日本電装)が金メダルを獲得した。
日本選手権に女子の5000m、棒高跳、ハンマー投が新設
上記2つの国際大会の日本代表選手選考会を兼ねた第79回日本選手権は6月9~11日、東京・国立競技場で開催された。今回から女子3000mが5000mに変更になり、さらに棒高跳とハンマー投が女子の種目として新設された。
さっそく、その女子5000mで好記録が生まれ、優勝した八嶋あつみ(日本生命)が15分14秒77、2位の木村泰子(京産大)が15分17秒53と、5月に志水見千子(リクルート)が出した15分18秒88を破る日本新記録。3位の高橋千恵美(日本ケミコン)を含む〝19歳トリオ〟が、表彰台を独占した。早生まれの木村の記録は、ジュニア日本新だった。
また、女子七種競技の生方留美子(ミズノ)は、3年前の膝の大ケガを克服して、5639点の日本新で優勝。同三段跳では、橋岡直美(ゼンリン)が13m23(+1.0)の日本タイ。1993年に自らが作った日本記録と並び、2年ぶり2回目の優勝を飾った。男子ハンマー投では大学3年の室伏広治(中京大)が69m72で日本選手権初制覇を果たし、後の20連覇への第一歩を踏み出している。
翌日の6月12日にイエテボリ世界選手権の代表選手が日本陸連から発表になり、前回のシュツットガルト大会の41人からぐっと絞って精鋭30人(男子21、女子9)が出そろった。選考基準は「入賞が狙える選手」ということで、参加A標準記録を複数回突破しても代表入りできなかった選手がいた。
この日本選手権でともに自己新をマークし、女子100m5位、200mは3位だった雉子波秀子(桜小教)が、1ヵ月後(7月16日)の第50回福島県選手権(福島・あづま)女子200mで23秒82(★)の日本タイ記録をマークした。福島大を卒業して3年目の24歳。1992年の宮崎インターハイで柿沼和恵(埼玉栄高/現・中大)が出した23秒82の日本記録と並んだ。
男子ハンマー投の室伏広治が初の70m台
男子ハンマー投で75m96の日本記録を持つ室伏重信の長男・広治(中京大)が、いよいよ世界基準で頭角を現してきたのも1995年だった。4月29~30日に群馬県前橋市の敷島公園競技場で行われた群馬リレーカーニバルで、自身初の70m台となる日本歴代2位の71m02をマーク。父が1986年に70m20を出して以来、日本選手としては9年ぶりの70mライン突破となった。
春季サーキットの第4戦として行われた5月3日の第11回静岡国際(浜松・四ツ池)では、男子400mハードルの山崎一彦(アディダスTC)が48秒93を出し、日本人3人目の48秒台に突入。女子5000mでは、志水見千子(リクルート)が15分18秒88の日本新をマークした。
5月7日の水戸国際(茨城・水戸)では、片岡純子(富士銀行)が女子10000mでバルセロナ五輪金メダルのデラルツ・ツル(エチオピア)と4600mから一騎打ちを演じた末、敗れはしたが、31分31秒12の日本新。1992年に真木和(ワコール)が作った31分40秒38の日本記録を、一気に9秒以上更新した。
春先には、海外からも日本新のニュースが飛び込んできた。埼玉大を休学して米国バージニア州のジョージ・メイソン大に留学中の高松仁美が、同大学スタジアムで行われたCAA学生選手権女子走幅跳で6m61(+1.9)をマーク。1987年に磯貝美奈子(群馬大)が作った6m58の日本記録を、8年ぶりに3cm破った。高松は2月19日に6m34の室内日本新を出していた。
スーパー陸上では女子100mHで日本新
秋のシーズンは9月15日に東京・国立競技場でTOTOスーパー陸上が開催され、女子100mハードルで佐々木あゆみ(ミキハウス)が、自己の持つ日本記録を100分の2秒更新する13秒36(+0.2)で5位に入った。
9月20~24日にはインドネシア・ジャカルタのマドヤ競技場で第11回アジア選手権が開かれ、男子棒高跳の竹井秀行(ミキハウス)、十種競技の丸尾野仁之(スーパーマンクラブ)、女子1500mの岡本久美子(筑波大)が金メダルを獲得した。男子4×400mリレーは、カタールに逆転を許して5連覇ならず。
第50回国民体育大会の陸上競技は10月15~19日の5日間、福島市の県営あづま陸上競技場で行われた。成年女子共通三段跳で、6回目に13m31(+1.4)を跳んだ阿部祥子(福岡大)が、橋岡直美(ゼンリン)の持つ日本記録を8cm更新。同5000m競歩では、2週間前に行われた第43回全日本実業団対抗選手権(富山市・県陸上競技場)で21分32秒29の日本記録を出したばかりの三森由佳(綜合警備保障)が21分32秒05と、再び記録を塗り替えた。
11月3日に第14回浜松中日カーニバル(静岡・四ツ池)の女子棒高跳では、6日前に3m31の日本新を出したばかりの大谷佐也加(香川・観音寺中)が、3m41をクリアした。
男子マラソンで大家が4年10ヵ月ぶりの2時間10分突破
第49回福岡国際マラソンが12月3日にアトランタ五輪の代表選手選考会を兼ねて行われ、29歳の大家正喜(佐川急便)が自己記録を一気に3分20秒更新して日本人トップの3位。2時間9分33秒は、日本勢として4年10ヵ月ぶりの2時間10分突破となった。
11月19日に行われた東京国際女子マラソンは、外堀通りの37.8km付近で先頭集団の5人が転倒するアクシデント。選手の足が絡んで、シュツットガルト世界選手権金メダルの浅利純子(ダイハツ)が前のめりに倒れたが、すぐに起き上がって前を追い、2時間28分46秒で優勝。ワレンティナ・エゴロワ(ロシア)の3連覇を阻止した。
年が明けて3月10日に行われた名古屋国際女子マラソンでは、27歳でマラソン初挑戦の真木和(ワコール)が大会記録にあと3秒と迫る2時間27分32秒で優勝し、アトランタ五輪の代表に滑り込んだ。真木は1月21日に行われた東京シティハーフマラソン(東京都庁~大井競馬場までの片道コース)で、1時間8分18秒の日本最高をマークしていた(2004年以降、下りコース・片道コースは非公認)。
三森が女子10km競歩で日本新
第79回日本選手権競歩が1996年1月21日、兵庫県神戸市の六甲アイランド内周回公認コースで行われ、女子10kmで三森由佳(綜合警備保障)が44分15秒をマークして優勝。前年11月に自身が出した44分43秒を大きく上回る日本最高記録を出し、3度目のアトランタ五輪参加標準記録(45分30秒)突破となった。
記事提供:月刊陸上競技
平成7年4月~平成8年3月
イエテボリ世界選手権
男子400mHで山崎が7位入賞の快挙
第5回世界選手権が8月4日から13日までの10日間、スウェーデン・イエテボリのウレビ・スタジアムで開かれた。男子三段跳でジョナサン・エドワーズ(英国)が、初めて18mの壁を突破する18m29の世界新記録を樹立した大会。
日本勢は、男子400mハードルの山崎一彦(アディダスTC)が予選で、齋藤嘉彦(東和銀行)の48秒68を破る48秒37のアジア新・日本新をマーク。決勝では、男子障害種目で五輪を含めても日本人初入賞となる7位(49秒22)に入った。
予選を通過して翌日の準決勝に臨んだ山崎は「今までに経験したことがない、すごい緊張感だった」と言う。第3コーナーにかかる6台目でハードリングに失敗し、5~6番手に下がった。しかし、そこからの立て直しが効くのが山崎の今季の強み。48秒64で3着に滑り込み、「決勝に行けたらいいな」という夢を実現させた。感激のあまり「そのまま(トラックに)寝転がって、まだ明るい北欧の空を眺めていたら、具合が悪いと思われたのかメディカルの係の人が飛んできてしまい、あわてて起き上がる場面もあった。

山崎一彦 ©フォート・キシモト
イエテボリ世界選手権では、鈴木久嗣(豊田自動織機)、伊東浩司(富士通)、井上悟(ゴールドウイン)、伊藤喜剛(水戸市スポーツ振興協会)とつないだ男子4×100mリレーの準決勝でも、38秒67の日本新が誕生。日本は4着でその関門を通過すると、決勝では5位(39秒33)。この種目の日本の最高順位は1932年ロス五輪の5位だったが、それに並んだ。

男子4×100mリレー ©フォート・キシモト
マラソン陣が不調だった中で気を吐いたのが女子10000mの鈴木博美(リクルート)で、8位に入賞。女子個人のトラック種目で入賞したのは、1964年東京五輪80mハードル5位の依田郁子(リッカー)以来、31年ぶり3人目だった。
福岡ユニバーシアード、日本の金メダル5個は史上最多タイ
1995年はイエテボリ世界選手権が終わって10日後の8月23日に、福岡市・博多の森陸上競技場でユニバーシアードが開幕。陸上は8月29日から9月3日までの日程で行われた。日本は1967年の東京大会に並ぶ金メダル5個を獲得。銀は1、銅は3。女子800mで岡本久美子(筑波大)が2分03秒45の日本新をマークした。
イエテボリ世界選手権の男子400mハードルで7位に入賞した山崎一彦(アディダスTC)は、その勢いで今大会でも快走を見せ、48秒58で優勝。山崎と同期の齋藤嘉彦(東和銀行)が3位(49秒18)に入り、日本はこの種目で3大会連続のダブル入賞を果たした。
この他、男子10000mで渡辺康幸(早大)、同5000mでは川内勝弘(日大出、エスビー食品)が優勝。湿度が高い過酷な気象条件下で行われたマラソンでも、男子は森川貴生(中大出、NKK)、女子は草萱昌子(東女体大出、日本電装)が金メダルを獲得した。
日本選手権に女子の5000m、棒高跳、ハンマー投が新設
上記2つの国際大会の日本代表選手選考会を兼ねた第79回日本選手権は6月9~11日、東京・国立競技場で開催された。今回から女子3000mが5000mに変更になり、さらに棒高跳とハンマー投が女子の種目として新設された。
さっそく、その女子5000mで好記録が生まれ、優勝した八嶋あつみ(日本生命)が15分14秒77、2位の木村泰子(京産大)が15分17秒53と、5月に志水見千子(リクルート)が出した15分18秒88を破る日本新記録。3位の高橋千恵美(日本ケミコン)を含む〝19歳トリオ〟が、表彰台を独占した。早生まれの木村の記録は、ジュニア日本新だった。
また、女子七種競技の生方留美子(ミズノ)は、3年前の膝の大ケガを克服して、5639点の日本新で優勝。同三段跳では、橋岡直美(ゼンリン)が13m23(+1.0)の日本タイ。1993年に自らが作った日本記録と並び、2年ぶり2回目の優勝を飾った。男子ハンマー投では大学3年の室伏広治(中京大)が69m72で日本選手権初制覇を果たし、後の20連覇への第一歩を踏み出している。
翌日の6月12日にイエテボリ世界選手権の代表選手が日本陸連から発表になり、前回のシュツットガルト大会の41人からぐっと絞って精鋭30人(男子21、女子9)が出そろった。選考基準は「入賞が狙える選手」ということで、参加A標準記録を複数回突破しても代表入りできなかった選手がいた。
この日本選手権でともに自己新をマークし、女子100m5位、200mは3位だった雉子波秀子(桜小教)が、1ヵ月後(7月16日)の第50回福島県選手権(福島・あづま)女子200mで23秒82(★)の日本タイ記録をマークした。福島大を卒業して3年目の24歳。1992年の宮崎インターハイで柿沼和恵(埼玉栄高/現・中大)が出した23秒82の日本記録と並んだ。
男子ハンマー投の室伏広治が初の70m台
男子ハンマー投で75m96の日本記録を持つ室伏重信の長男・広治(中京大)が、いよいよ世界基準で頭角を現してきたのも1995年だった。4月29~30日に群馬県前橋市の敷島公園競技場で行われた群馬リレーカーニバルで、自身初の70m台となる日本歴代2位の71m02をマーク。父が1986年に70m20を出して以来、日本選手としては9年ぶりの70mライン突破となった。
春季サーキットの第4戦として行われた5月3日の第11回静岡国際(浜松・四ツ池)では、男子400mハードルの山崎一彦(アディダスTC)が48秒93を出し、日本人3人目の48秒台に突入。女子5000mでは、志水見千子(リクルート)が15分18秒88の日本新をマークした。
5月7日の水戸国際(茨城・水戸)では、片岡純子(富士銀行)が女子10000mでバルセロナ五輪金メダルのデラルツ・ツル(エチオピア)と4600mから一騎打ちを演じた末、敗れはしたが、31分31秒12の日本新。1992年に真木和(ワコール)が作った31分40秒38の日本記録を、一気に9秒以上更新した。
春先には、海外からも日本新のニュースが飛び込んできた。埼玉大を休学して米国バージニア州のジョージ・メイソン大に留学中の高松仁美が、同大学スタジアムで行われたCAA学生選手権女子走幅跳で6m61(+1.9)をマーク。1987年に磯貝美奈子(群馬大)が作った6m58の日本記録を、8年ぶりに3cm破った。高松は2月19日に6m34の室内日本新を出していた。
スーパー陸上では女子100mHで日本新
秋のシーズンは9月15日に東京・国立競技場でTOTOスーパー陸上が開催され、女子100mハードルで佐々木あゆみ(ミキハウス)が、自己の持つ日本記録を100分の2秒更新する13秒36(+0.2)で5位に入った。
9月20~24日にはインドネシア・ジャカルタのマドヤ競技場で第11回アジア選手権が開かれ、男子棒高跳の竹井秀行(ミキハウス)、十種競技の丸尾野仁之(スーパーマンクラブ)、女子1500mの岡本久美子(筑波大)が金メダルを獲得した。男子4×400mリレーは、カタールに逆転を許して5連覇ならず。
第50回国民体育大会の陸上競技は10月15~19日の5日間、福島市の県営あづま陸上競技場で行われた。成年女子共通三段跳で、6回目に13m31(+1.4)を跳んだ阿部祥子(福岡大)が、橋岡直美(ゼンリン)の持つ日本記録を8cm更新。同5000m競歩では、2週間前に行われた第43回全日本実業団対抗選手権(富山市・県陸上競技場)で21分32秒29の日本記録を出したばかりの三森由佳(綜合警備保障)が21分32秒05と、再び記録を塗り替えた。
11月3日に第14回浜松中日カーニバル(静岡・四ツ池)の女子棒高跳では、6日前に3m31の日本新を出したばかりの大谷佐也加(香川・観音寺中)が、3m41をクリアした。
男子マラソンで大家が4年10ヵ月ぶりの2時間10分突破
第49回福岡国際マラソンが12月3日にアトランタ五輪の代表選手選考会を兼ねて行われ、29歳の大家正喜(佐川急便)が自己記録を一気に3分20秒更新して日本人トップの3位。2時間9分33秒は、日本勢として4年10ヵ月ぶりの2時間10分突破となった。
11月19日に行われた東京国際女子マラソンは、外堀通りの37.8km付近で先頭集団の5人が転倒するアクシデント。選手の足が絡んで、シュツットガルト世界選手権金メダルの浅利純子(ダイハツ)が前のめりに倒れたが、すぐに起き上がって前を追い、2時間28分46秒で優勝。ワレンティナ・エゴロワ(ロシア)の3連覇を阻止した。
年が明けて3月10日に行われた名古屋国際女子マラソンでは、27歳でマラソン初挑戦の真木和(ワコール)が大会記録にあと3秒と迫る2時間27分32秒で優勝し、アトランタ五輪の代表に滑り込んだ。真木は1月21日に行われた東京シティハーフマラソン(東京都庁~大井競馬場までの片道コース)で、1時間8分18秒の日本最高をマークしていた(2004年以降、下りコース・片道コースは非公認)。
三森が女子10km競歩で日本新
第79回日本選手権競歩が1996年1月21日、兵庫県神戸市の六甲アイランド内周回公認コースで行われ、女子10kmで三森由佳(綜合警備保障)が44分15秒をマークして優勝。前年11月に自身が出した44分43秒を大きく上回る日本最高記録を出し、3度目のアトランタ五輪参加標準記録(45分30秒)突破となった。
記事提供:月刊陸上競技


