日本陸上競技連盟史
1996年度
1996年度
平成8年4月~平成9年3月
アトランタ五輪 マラソンで有森裕子が3位
陸上女子で史上初の2大会連続メダル
近代オリンピックの記念すべき100周年大会となる、第26回夏季五輪アトランタ大会は、7月29日に米国ジョージア州の州都で開幕。陸上競技は、史上初めて国際オリンピック委員会(IOC)に加盟する全197の国・地域が参加して、7月26日から8月4日(7月30日は休息日)までの9日間の日程で行われた。
7月28日午前7時05分スタートの女子マラソンでは、前回のバルセロナ大会で銀メダルを獲得した有森裕子(リクルート)が、自己セカンド記録となる2時間28分39秒で3位。日本の陸上女子で史上初の2大会連続メダルという快挙を達成した。スタート時の気温が23度、湿度61%と予想されたほどの暑さにはならなかったが、アップダウンが連続するコースは、当時「五輪史上最も過酷なレース」と言われた。
1位は新星のファツマ・ロバ(エチオピア)で、2時間26分05秒。2位はバルセロナ五輪金メダルのワレンティナ・エゴロワ(ロシア)。エゴロワと有森は順位を1つずつ下げたものの、2大会連続のメダリスト同士、フィニッシュ後に熱い抱擁を交わした。
直後のテレビ・インタビューで「メダルの色は1つ曇ったけど、『何でもっとがんばれなかったのか』とは思わないし、自分をほめてやりたい」と感極まった表情で話した有森は、日の丸の旗を手に場内をゆっくりと1周。スタンドの最前列にいた岡山の両親の元に来ると、「やっと終わったよ」と言って母・広子さんの胸に顔をうずめ、号泣した。母は前年の北海道マラソンで優勝した時と同じひまわりの花束を娘に渡して、「お帰り。よく帰って来たね」とねぎらった。
新種目の女子5000mで志水が日本新の4位
有森裕子が激走を見せた7月28日の夜、今度はチームメイトの志水見千子(リクルート)が、新しくオリンピック種目に採用された女子5000mで4位に入賞し、まさにアトランタのこの日は〝リクルート・デー〟。日本の女子がトラックの長距離種目で入賞するのは五輪初で、しかも志水の記録は15分09秒05の日本新記録だった。志水は「メダルには届かなかったけど、自分の力を出し切れたので大満足です」と笑顔で話した。初代チャンピオンは王軍霞(中国)で、14分59秒88。
アトランタ五輪は女子長距離種目の活躍が目立ち、10000mではダブル入賞。千葉真子(旭化成)が31分20秒46で5位、川上優子(沖電気宮崎)が31分23秒23で7位だった。中国の王軍霞が5000mとの長距離2冠を狙ったが、フェルナンダ・リベイロ(ポルトガル)に逆転勝ちを許した。
アトランタで明暗を分けた男子リレー。入賞が期待された4×100mではバトンパスの失敗があったものの、4×400mは3分00秒76のアジア新・日本新で64年ぶりの5位入賞。苅部俊二(富士通)、伊東浩司(同)、小坂田淳(京産大)、大森盛一(ミズノ)のオーダーで、1991年の東京世界選手権で作った3分01秒26の日本記録を破った。バルセロナ五輪で代表入りしながら出番がなかった伊東と大森が、その悔しさを晴らす快走を見せた。
男女競歩種目で3つの日本最高
第80回日本選手権50km競歩・第35回全日本競歩は4月14日、石川県輪島市の片道1km往復コースで行われた。常に8~10mの風が吹き荒れ、行きは追い風、帰りは向かい風の気象コンディション。それでも、男子50kmで小坂忠広(デサント)が従来の記録を2秒以上更新する3時間51分25秒の日本最高記録で、5年ぶり6回目の優勝。男子20kmでは石川県出身の池島大介(日大)が、1時間21分24秒の日本最高記録で2位になった。また、女子10kmでは三森由佳(綜合警備保障)が、自身の持つ日本最高を10秒上回る44分05秒で2位。男子20kmも女子10kmも、優勝は中国選手だった。
春季サーキットでは3つの日本新
96春季サーキットでは、3つの日本新記録が誕生した。まず、4月21日に兵庫県神戸市のユニバー記念競技場で行われた第1戦の第44回兵庫リレーカーニバル女子10000mで、高卒2年目・19歳の千葉真子(旭化成)が、31分28秒15の日本新。片岡純子(富士銀行)が持つ31分31秒12を更新し、アトランタ五輪の参加A標準記録(32分30秒00)を破った。
4月29日に広島市の広島広域公園競技場(ビッグアーチ)で行われた第3戦の第30回織田記念では、女子200mで北田敏恵(大体大T&F)が外国勢に敗れて3位ながら、日本記録の23秒82を4年ぶりに更新する23秒73。北田はこれで100m、200mの日本記録保持者になった。
最終戦の水戸国際は5月6日、茨城県水戸市の水戸市立競技場で行われた。男子棒高跳の米倉照恭(ゼンリン)は、アトランタ五輪の参加A標準記録である5m60にこの春、群馬リレーカーニバル、静岡国際と挑戦してきたが、クリアならず。しかし、水戸で3回目に成功させ、2年ぶりの日本新。〝3度目の正直〟となった。また、川上優子(沖電気宮崎)が女子10000mに初挑戦。31分52秒54で優勝を飾り、織田記念、静岡国際の5000mと合わせ、春季サーキットで3連勝した。
米国で女子100mHの金沢が日本新を連発
1996年の春は、米国から女子100mハードル日本新の報が相次いだ。母親が日本人で、日本国籍を持つコロラド大4年の金沢イボンヌが、まず3月23日にアリゾナ州ツーソンのレースで13秒36(+1.8)。佐々木あゆみ(ミキハウス)が昨年9月に出した記録に並ぶ日本タイだった。3月30日のニューメキシコ州アルバカーキのレースでは13秒16(+1.8)の日本新をマークし、さらに4月6日のアイダホ州ボイジーのレースで、13秒09(+1.1)まで記録を縮めた。金沢は前年の日本選手権で優勝して注目を集めたが、これで一気に五輪代表へ近づいた。
金沢の記録には及ばなかったものの、小林尚子(森永製菓)は4月21日、米国カリフォルニア州ウォルナットで行われたマウント・サンアントニオ大学(Mt.SAC)リレーカーニバル女子100mハードルのオープンレースで、13秒33(+0.5)をマーク。佐々木あゆみの13秒36を破った。
また、女子棒高跳では中野真実(観音寺一高・香川)が国内の大会で日本新を連発。4月21日の近県カーニバルで3m60を跳び、昨年11月に大谷佐也加(当時・観音寺中/現・観音寺中央高・香川)が作った3m41の日本記録を大幅に更新すると、5月5日の香川県選手権(屋島競技場)では3m70をクリアした。
第80回日本選手権で朝原が10秒14、伊東は20秒29
アトランタ五輪の最終選考会となる第80回日本選手権は6月6~9日の4日間、大阪・長居陸上競技場で行われた。改装なった長居のトラック種目で日本新記録が続出。その第1号が男子200mで、伊東浩司(富士通)が予選で20秒29(+1.1)のアジア新・日本新を出し、会場を盛り上げた。決勝は20秒70(+0.2)だった。
男子100mでも、朝原宣治(大阪ガス)が10秒14(+0.9)の特大日本新。自身の持つ日本記録を3年ぶりに、0.05秒更新した。
女子100mハードルでは、今季から日本の企業へ籍を置き、実業団選手として活動を始めた金沢イボンヌ(佐田建設)が、自身の記録を100分の1秒更新する13秒08(-0.1)の日本新で2連覇を飾った。北田敏恵(大体大T&F)は、3年連続の女子100m、200m2冠。100mでは吉田香織(金沢大)が2週間前の第70回北信越インカレで11秒56の日本新を出していたが、北田はそれを破る11秒48(+0.5)で日本記録を奪回した。11秒4台は日本女子で初。
女子10000mは、鈴木博美(リクルート)が31分19秒40の日本新で2連覇を果たした。2位の川上優子(沖電気宮崎)が31分20秒19、3位の千葉真子(旭化成)が31分20秒64と、3位までが4月の兵庫リレーカーニバルで千葉が出した31分28秒15の日本記録を破った。
日本選手権終了翌日の6月10日に大阪市内で日本陸連の理事会・評議員会が開かれ、アトランタ五輪の日本代表33人(すでに決定済みの男女マラソン6人を含む)が発表された。
男子砲丸投で日本新の応酬、野澤が17m91
第44回全日本実業団対抗選手権は10月4~6日、鹿児島市の県立鴨池陸上競技場で行われた。12日前の9月23日に野口安忠(日大)が17m84の日本新を出したばかりの男子砲丸投で、野澤具隆(ゼンリン)が17m91を投げて優勝。野口の記録を7cm更新した。野澤は「10歳も年下の、20歳の選手に負けていられない」と発奮しての一投だった。女子三段跳では、西内誠子(旭中教)が13m35の日本新。阿部祥子(福岡大)が昨年の福島国体で出した13m31を、4cm破った。
翌週の10月13~17日には、第51回国民体育大会の陸上競技が広島市の広島広域公園陸上競技場で行われ、地元の為末大(広島皆実高)が少年男子A400mハードルで49秒09、400mではジュニアで初の45秒台となる45秒94と、ともにジュニア日本新・高校新で2種目優勝。シニア顔負けの記録で大きな注目を集めた。
ロードや室内で好記録
世界室内400mで苅部が世界大会初の銅メダル
年が明け、1997年の冬季は室内大会で好記録が相次いだ。群馬国際室内は3月8日に群馬県前橋市のグリーンドーム前橋で行われ、4つの室内日本新が誕生。男子60mの伊東浩司(富士通)が6秒63、同400mの苅部俊二(同)が46秒76、同走幅跳の森長正樹(ゴールドウイン)が7m91、女子60mハードルの金沢イボンヌ(佐田建設)が8秒23をそれぞれマークした。
2月に中国の北京、天津で開催された日中対抗室内競技会は、日本に舞台を移して3月1日、神奈川県横浜市の横浜アリーナで行われた。男子60mハードルでは小苗久信(富士通)が7秒79で快勝。中国大会で自らが出したばかりの室内日本記録を0.07秒更新した。
朝原宣治(大阪ガス)は3月1日に、留学先のドイツで行われた国際室内競技会に出場。男子60mで6秒55の室内日本新を出した。
3月7~9日にはパリのベルシー・スポーツパレスで第6回世界室内選手権が開かれ、男子400mに出場した苅部俊二(富士通)が45秒76の室内日本新で3位に入った。世界大会の短距離個人種目で、日本人がメダルを獲得するのは初の快挙。
ロードでは、1月19日に行われた東京シティハーフマラソンで、千葉真子(旭化成)が1時間6分43秒の日本最高記録で走ったが、2004年以降、片道コース、下りコースは非公認となった。
1月26日に兵庫県神戸市の六甲アイランド周回コースで行われた第80回日本選手権競歩の男子20kmでは、池島大介(日大)が、自らの日本最高記録を36秒更新する1時間20分48秒で優勝した。
記事提供:月刊陸上競技
平成8年4月~平成9年3月
アトランタ五輪 マラソンで有森裕子が3位
陸上女子で史上初の2大会連続メダル
近代オリンピックの記念すべき100周年大会となる、第26回夏季五輪アトランタ大会は、7月29日に米国ジョージア州の州都で開幕。陸上競技は、史上初めて国際オリンピック委員会(IOC)に加盟する全197の国・地域が参加して、7月26日から8月4日(7月30日は休息日)までの9日間の日程で行われた。
7月28日午前7時05分スタートの女子マラソンでは、前回のバルセロナ大会で銀メダルを獲得した有森裕子(リクルート)が、自己セカンド記録となる2時間28分39秒で3位。日本の陸上女子で史上初の2大会連続メダルという快挙を達成した。スタート時の気温が23度、湿度61%と予想されたほどの暑さにはならなかったが、アップダウンが連続するコースは、当時「五輪史上最も過酷なレース」と言われた。
1位は新星のファツマ・ロバ(エチオピア)で、2時間26分05秒。2位はバルセロナ五輪金メダルのワレンティナ・エゴロワ(ロシア)。エゴロワと有森は順位を1つずつ下げたものの、2大会連続のメダリスト同士、フィニッシュ後に熱い抱擁を交わした。
直後のテレビ・インタビューで「メダルの色は1つ曇ったけど、『何でもっとがんばれなかったのか』とは思わないし、自分をほめてやりたい」と感極まった表情で話した有森は、日の丸の旗を手に場内をゆっくりと1周。スタンドの最前列にいた岡山の両親の元に来ると、「やっと終わったよ」と言って母・広子さんの胸に顔をうずめ、号泣した。母は前年の北海道マラソンで優勝した時と同じひまわりの花束を娘に渡して、「お帰り。よく帰って来たね」とねぎらった。

有森裕子 ©フォート・キシモト
新種目の女子5000mで志水が日本新の4位
有森裕子が激走を見せた7月28日の夜、今度はチームメイトの志水見千子(リクルート)が、新しくオリンピック種目に採用された女子5000mで4位に入賞し、まさにアトランタのこの日は〝リクルート・デー〟。日本の女子がトラックの長距離種目で入賞するのは五輪初で、しかも志水の記録は15分09秒05の日本新記録だった。志水は「メダルには届かなかったけど、自分の力を出し切れたので大満足です」と笑顔で話した。初代チャンピオンは王軍霞(中国)で、14分59秒88。
アトランタ五輪は女子長距離種目の活躍が目立ち、10000mではダブル入賞。千葉真子(旭化成)が31分20秒46で5位、川上優子(沖電気宮崎)が31分23秒23で7位だった。中国の王軍霞が5000mとの長距離2冠を狙ったが、フェルナンダ・リベイロ(ポルトガル)に逆転勝ちを許した。
アトランタで明暗を分けた男子リレー。入賞が期待された4×100mではバトンパスの失敗があったものの、4×400mは3分00秒76のアジア新・日本新で64年ぶりの5位入賞。苅部俊二(富士通)、伊東浩司(同)、小坂田淳(京産大)、大森盛一(ミズノ)のオーダーで、1991年の東京世界選手権で作った3分01秒26の日本記録を破った。バルセロナ五輪で代表入りしながら出番がなかった伊東と大森が、その悔しさを晴らす快走を見せた。

男子4×400mリレー ©フォート・キシモト
男女競歩種目で3つの日本最高
第80回日本選手権50km競歩・第35回全日本競歩は4月14日、石川県輪島市の片道1km往復コースで行われた。常に8~10mの風が吹き荒れ、行きは追い風、帰りは向かい風の気象コンディション。それでも、男子50kmで小坂忠広(デサント)が従来の記録を2秒以上更新する3時間51分25秒の日本最高記録で、5年ぶり6回目の優勝。男子20kmでは石川県出身の池島大介(日大)が、1時間21分24秒の日本最高記録で2位になった。また、女子10kmでは三森由佳(綜合警備保障)が、自身の持つ日本最高を10秒上回る44分05秒で2位。男子20kmも女子10kmも、優勝は中国選手だった。
春季サーキットでは3つの日本新
96春季サーキットでは、3つの日本新記録が誕生した。まず、4月21日に兵庫県神戸市のユニバー記念競技場で行われた第1戦の第44回兵庫リレーカーニバル女子10000mで、高卒2年目・19歳の千葉真子(旭化成)が、31分28秒15の日本新。片岡純子(富士銀行)が持つ31分31秒12を更新し、アトランタ五輪の参加A標準記録(32分30秒00)を破った。
4月29日に広島市の広島広域公園競技場(ビッグアーチ)で行われた第3戦の第30回織田記念では、女子200mで北田敏恵(大体大T&F)が外国勢に敗れて3位ながら、日本記録の23秒82を4年ぶりに更新する23秒73。北田はこれで100m、200mの日本記録保持者になった。
最終戦の水戸国際は5月6日、茨城県水戸市の水戸市立競技場で行われた。男子棒高跳の米倉照恭(ゼンリン)は、アトランタ五輪の参加A標準記録である5m60にこの春、群馬リレーカーニバル、静岡国際と挑戦してきたが、クリアならず。しかし、水戸で3回目に成功させ、2年ぶりの日本新。〝3度目の正直〟となった。また、川上優子(沖電気宮崎)が女子10000mに初挑戦。31分52秒54で優勝を飾り、織田記念、静岡国際の5000mと合わせ、春季サーキットで3連勝した。
米国で女子100mHの金沢が日本新を連発
1996年の春は、米国から女子100mハードル日本新の報が相次いだ。母親が日本人で、日本国籍を持つコロラド大4年の金沢イボンヌが、まず3月23日にアリゾナ州ツーソンのレースで13秒36(+1.8)。佐々木あゆみ(ミキハウス)が昨年9月に出した記録に並ぶ日本タイだった。3月30日のニューメキシコ州アルバカーキのレースでは13秒16(+1.8)の日本新をマークし、さらに4月6日のアイダホ州ボイジーのレースで、13秒09(+1.1)まで記録を縮めた。金沢は前年の日本選手権で優勝して注目を集めたが、これで一気に五輪代表へ近づいた。
金沢の記録には及ばなかったものの、小林尚子(森永製菓)は4月21日、米国カリフォルニア州ウォルナットで行われたマウント・サンアントニオ大学(Mt.SAC)リレーカーニバル女子100mハードルのオープンレースで、13秒33(+0.5)をマーク。佐々木あゆみの13秒36を破った。
また、女子棒高跳では中野真実(観音寺一高・香川)が国内の大会で日本新を連発。4月21日の近県カーニバルで3m60を跳び、昨年11月に大谷佐也加(当時・観音寺中/現・観音寺中央高・香川)が作った3m41の日本記録を大幅に更新すると、5月5日の香川県選手権(屋島競技場)では3m70をクリアした。
第80回日本選手権で朝原が10秒14、伊東は20秒29
アトランタ五輪の最終選考会となる第80回日本選手権は6月6~9日の4日間、大阪・長居陸上競技場で行われた。改装なった長居のトラック種目で日本新記録が続出。その第1号が男子200mで、伊東浩司(富士通)が予選で20秒29(+1.1)のアジア新・日本新を出し、会場を盛り上げた。決勝は20秒70(+0.2)だった。
男子100mでも、朝原宣治(大阪ガス)が10秒14(+0.9)の特大日本新。自身の持つ日本記録を3年ぶりに、0.05秒更新した。
女子100mハードルでは、今季から日本の企業へ籍を置き、実業団選手として活動を始めた金沢イボンヌ(佐田建設)が、自身の記録を100分の1秒更新する13秒08(-0.1)の日本新で2連覇を飾った。北田敏恵(大体大T&F)は、3年連続の女子100m、200m2冠。100mでは吉田香織(金沢大)が2週間前の第70回北信越インカレで11秒56の日本新を出していたが、北田はそれを破る11秒48(+0.5)で日本記録を奪回した。11秒4台は日本女子で初。
女子10000mは、鈴木博美(リクルート)が31分19秒40の日本新で2連覇を果たした。2位の川上優子(沖電気宮崎)が31分20秒19、3位の千葉真子(旭化成)が31分20秒64と、3位までが4月の兵庫リレーカーニバルで千葉が出した31分28秒15の日本記録を破った。
日本選手権終了翌日の6月10日に大阪市内で日本陸連の理事会・評議員会が開かれ、アトランタ五輪の日本代表33人(すでに決定済みの男女マラソン6人を含む)が発表された。
男子砲丸投で日本新の応酬、野澤が17m91
第44回全日本実業団対抗選手権は10月4~6日、鹿児島市の県立鴨池陸上競技場で行われた。12日前の9月23日に野口安忠(日大)が17m84の日本新を出したばかりの男子砲丸投で、野澤具隆(ゼンリン)が17m91を投げて優勝。野口の記録を7cm更新した。野澤は「10歳も年下の、20歳の選手に負けていられない」と発奮しての一投だった。女子三段跳では、西内誠子(旭中教)が13m35の日本新。阿部祥子(福岡大)が昨年の福島国体で出した13m31を、4cm破った。
翌週の10月13~17日には、第51回国民体育大会の陸上競技が広島市の広島広域公園陸上競技場で行われ、地元の為末大(広島皆実高)が少年男子A400mハードルで49秒09、400mではジュニアで初の45秒台となる45秒94と、ともにジュニア日本新・高校新で2種目優勝。シニア顔負けの記録で大きな注目を集めた。
ロードや室内で好記録
世界室内400mで苅部が世界大会初の銅メダル
年が明け、1997年の冬季は室内大会で好記録が相次いだ。群馬国際室内は3月8日に群馬県前橋市のグリーンドーム前橋で行われ、4つの室内日本新が誕生。男子60mの伊東浩司(富士通)が6秒63、同400mの苅部俊二(同)が46秒76、同走幅跳の森長正樹(ゴールドウイン)が7m91、女子60mハードルの金沢イボンヌ(佐田建設)が8秒23をそれぞれマークした。
2月に中国の北京、天津で開催された日中対抗室内競技会は、日本に舞台を移して3月1日、神奈川県横浜市の横浜アリーナで行われた。男子60mハードルでは小苗久信(富士通)が7秒79で快勝。中国大会で自らが出したばかりの室内日本記録を0.07秒更新した。
朝原宣治(大阪ガス)は3月1日に、留学先のドイツで行われた国際室内競技会に出場。男子60mで6秒55の室内日本新を出した。
3月7~9日にはパリのベルシー・スポーツパレスで第6回世界室内選手権が開かれ、男子400mに出場した苅部俊二(富士通)が45秒76の室内日本新で3位に入った。世界大会の短距離個人種目で、日本人がメダルを獲得するのは初の快挙。
ロードでは、1月19日に行われた東京シティハーフマラソンで、千葉真子(旭化成)が1時間6分43秒の日本最高記録で走ったが、2004年以降、片道コース、下りコースは非公認となった。
1月26日に兵庫県神戸市の六甲アイランド周回コースで行われた第80回日本選手権競歩の男子20kmでは、池島大介(日大)が、自らの日本最高記録を36秒更新する1時間20分48秒で優勝した。
記事提供:月刊陸上競技


