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日本陸上競技連盟史

1997年度

1997年度
平成9年4月~平成10年3月


アテネ世界選手権女子マラソンで鈴木博美が金メダル


 オリンピックの女子マラソンでは、1992年のバルセロナ、96年のアトランタと2大会連続で有森裕子(リクルート)がメダルを獲得している。97年8月1~10日に近代オリンピック発祥の地・ギリシャのアテネで開かれた第6回世界選手権では、有森と同じ小出義雄氏に指導を受ける鈴木博美(積水化学)が見事に優勝を飾った。

 8月9日午前9時05分スタートの女子マラソンには75人が出場。「マラソン」の語源となったマラトン村を出発し、101年前の第1回近代オリンピックの会場となったアテネ市内にあるパンアテナイコン・スタジアムへフィニッシュする片道コース。30度を超える暑さの中、鈴木は28km手前でトップに立つと、あとは独走態勢に持ち込み、2時間29分48秒で他を寄せつけなかった。

 2日前にパンアテナイコン・スタジアムを下見した時、鈴木は「1番でフィニッシュできますように」と、オリンポスの神々に祈ったという。先頭に立ってからは「このまま行っていいのかなと多少とまどいもあったんですが、1人でトップを走るのはすごく気持ち良かった」と笑顔で話した。

鈴木博美 ©フォート・キシモト

 今回からマラソンは各国5人までがエントリーでき、上位3人の総合成績で争うワールドカップを兼ねた国別団体戦が導入された。日本の女子は鈴木が1位のほか、2度目のマラソンだった飛瀬貴子(京セラ)が4位、藤村信子(ダイハツ)が10位に入り、団体戦でも金メダルを獲得した。

 なお、世界陸連はアテネ世界選手権からメダリスト及び世界新記録に対する賞金制度を導入。各種目の金メダリストを次回の世界選手権に国際陸連が招待するワイルドカードの実施も決めた。

女子10000mでは千葉真子が銅メダル

 アテネ世界選手権で日本は2つのメダルを獲得しているが、もう1つは女子10000mの千葉真子(旭化成)だった。31分41秒93で銅メダル。日本女子がトラック種目でメダルを取るのは1928年アムステルダム五輪800m2位の人見絹枝以来69年ぶりで、世界選手権では初。千葉は昨年のアトランタ五輪で5位に入賞している。最初の400m通過が81秒という超スローペースに我慢ができず、早くも700mで千葉が先頭に出る積極的なレース展開となった。

 女子マラソンの飛瀬を含め、4~8位の入賞が3つ。男子50km競歩では、1991年東京大会で7位に入賞している今村文男(富士通)が3時間50分27秒で6位に入り、3大会ぶりの入賞を果たした。しかも、昨年4月に小坂忠広(デサント)が作った記録を58秒更新する日本最高記録。午前7時のスタート時、気温が28度ある過酷なレースの中、今村は粘りを発揮した。

 弘山晴美(資生堂)、高橋尚子(積水化学)、川上優子(沖電気宮崎)の3人が決勝へ進出した女子5000mでは、弘山が15分21秒19で8位入賞。高橋が13位、川上は15位だった。

 また、アテネ世界選手権は初めて世界新ゼロの大会となったが、日本新記録は3つ誕生した。今村以外に競歩でもう1つ。女子10000m競歩で三森由佳(綜合警備保障)が44分43秒99を出し、南部あき(資生堂)が7年前に作った46分00秒8を破った。井上悟(ゴールドウイン)、伊東浩司(富士通)、土江寛裕(同)、朝原宣治(大阪ガス)とつないだ男子4×100mリレーは惜しくも準決勝5着で決勝進出を逃したが、予選で38秒44と前回のイエテボリ世界選手権で作った38秒67を更新するアジア新・日本新。準決勝ではこれをさらに縮める38秒31をマークした。

第2回東アジア大会が最終選考会

 この年は日本選手権が13年ぶりに秋開催となったため、5月15~18日に韓国・釜山の九徳競技場で開かれた第2回東アジア大会が、アテネ世界選手権の最終選考会に指定された。日本は第1回大会の6種目を大幅に上回る16種目で金メダルを獲得したが、自己新を出した選手は1人もいなかった。

 大会後の5月26日にアテネ世界選手権の代表39人(3月に決まっていた男女マラソン10人を含む)が発表され、女子4×100mリレーが東京大会に続いて代表入り。海外で行われる大会では初となった。女子4×100mリレーの日本選抜チームは、5月10日に大阪市の長居陸上競技場で行われた国際グランプリシリーズ第2戦の大阪大会で、44秒41の日本新をマークしている。3年ぶりに0秒16更新したメンバーは、走順に雉子波秀子(福島大TC)、岩本敏恵(大体大T&F)、吉田香織(ミキハウス)、新井初佳(ピップフジモト)。

 春季サーキット第3戦の第31回織田記念は4月29日、広島市の広島広域公園陸上競技場で行われ、女子棒高跳で中野真実(東学大)が3m80の日本新をクリア。香川・観音寺一高3年だった昨年、自らが作った3m70の日本記録を10cm更新した。中野は学生になって、これが初戦だった。

朝原が10秒08、日本人初の10秒0台

 国際グランプリシリーズ第8戦のローザンヌ(スイス)国際競技会が7月2日に行われ、男子100mBレースで朝原宣治(大阪ガス)が10秒08(+0.8)のアジア新・日本新で3着。日本人初の10秒0台をマークした。

 ドイツ・シュツットガルトに拠点を置いて2年が経ち、今季は絶好調の朝原。5月の東アジア大会では、追い風4.0mの参考記録ながら10秒04を出して優勝している。同志社大時代の1993年に10秒19をマークし、日本人で初めて10秒1台に突入したのも朝原だった。

 また、同シリーズ第7戦の英国国際は6月29日に英国・シェフィールドで行われ、女子5000mで弘山晴美(資生堂)が15分07秒75の日本新。志水見千子(リクルート)が昨年のアトランタ五輪で4位に入賞した時に出した15分09秒05を破った。

 アテネ世界選手権後の大会では、8月31日に三重県伊勢市の県営総合競技場で行われた第40回東海選手権で、男子棒高跳の小林史明(ミキハウス)が5m61の日本新をクリアした。小林は日体大を卒業して1年目。自己記録を一気に20cm更新する跳躍は、米倉照恭(ゼンリン)が昨年5月の水戸国際で跳んだ5m60を1cm上回る新記録となった。

13年ぶりに秋へ移行した日本選手権

 2000年のシドニー五輪が秋に開催されるのに伴って、今年から日本選手権も秋へ移行。第81回大会は10月2~5日の4日間、東京・国立競技場で行われた。

 男子400mハードルは日本記録保持者の山崎一彦(アディダスTC)がケガで欠場し、苅部俊二(富士通)と齋藤嘉彦(東京陸協)の一騎打ち。先手を取ったのは齋藤だったが、最後に力尽きて3位に下がる中、苅部は3年ぶり2回目の優勝。1995年に山崎が作った記録を100分の3秒更新する、48秒34のアジア新・日本新だった。山崎、齋藤とこの種目で〝3強〟を形成してきた苅部が日本記録保持者になるのは、これが初。また、朝原宣治(大阪ガス)は、南部忠平以来64年ぶりに男子100mと走幅跳の2種目を制した。

朝原宣治 ©フォート・キシモト

 第52回国民体育大会は「なみはや国体」と銘打たれて、10月25日に大阪市の長居陸上競技場で開会式が行われ、陸上競技は10月26~30日の5日間、カテゴリーごとに熱戦を展開した。成年女子400mでは、柴田こずゑ(京都・東稜高教)が53秒21で優勝。柿沼和恵(ミズノ/当時・埼玉栄高)が1992年9月のソウル世界ジュニア選手権で出した53秒45を5年ぶりに破る日本新記録だった。

 年が明けて1998年1月25日には、第81回日本選手権男子20km競歩・女子10km競歩大会が、神戸市の六甲アイランド内周回公認コースで行われた。女子10kmは三森理恵(ヤマハ関西)が43秒45の日本最高記録で初優勝。姉の三森由佳(綜合警備保障)が1996年4月の輪島大会で出した44秒05を更新した。この大会、由佳は妹に次いで2位。

男子砲丸投の野澤が18mに迫る室内日本新

 群馬国際室内は3月7日、群馬県前橋市のグリーンドーム前橋で行われた。男子砲丸投で野澤具隆(ゼンリン)が17m97の室内日本新をマーク。自らが持つ屋外の日本記録(17m91)も上回り、18mの大台へまた1歩近づいた。

 併催された日本選抜室内群馬大会では、女子種目で2つの室内日本新が誕生。400mで柿沼和恵(ミズノ)が54秒05、棒高跳の松井夏絵(早大)は3m71を跳んだ。

 柿沼は2月の日中対抗室内では200mで日本新を連発。2月21日の天津大会で24秒41、2月28日の横浜大会ではさらに縮めて24秒15をマークした。一方、松井も記録を更新。3月22~23日に愛知県豊田市の中京大学体育館で行われた第8回西田修平記念国際室内棒高跳競技会で、3m75をクリアした。

女子マラソンで高橋尚子が日本最高

 名古屋国際女子マラソンは3月8日、第82回日本選手権を兼ねて、愛知県名古屋市の瑞穂公園陸上競技場を発着点とするコースで行われた。2度目のマラソンとなった高橋尚子(積水化学)が30kmでスパートすると、35kmまでの5kmを16分06秒でカバーする超ペースアップで他を圧倒。そのまま独走に持ち込んで、2時間25分48秒でフィニッシュした。朝比奈三代子(旭化成)が1994年4月のロッテルダム・マラソンで出した2時間25分52秒の日本最高記録を、4年ぶりに4秒更新。女子マラソン界に若手のホープが誕生した。

記事提供:月刊陸上競技