日本陸上競技連盟史
2011年度
2011年度
平成23年4月~平成24年3月
震災を受け陸上界から活発な支援
テグ世界選手権で室伏広治が金メダル
3月の東日本大震災の発災を受け、日本陸連は「JAAF震災復興プロジェクト~みんなのこころのタスキリレー」を立ち上げ、支援活動を開始した。多くのアスリートや陸上競技関係者も連動、あるいは独自に支援を行った。第64回インターハイは被災地となった岩手・北上で8月3日~7日、多くの困難を乗り越えて開催されている。
2011年はお隣の韓国・テグで第13回世界選手権が開催。男子ハンマー投の室伏広治(ミズノ)が金メダルを獲得した。36歳、円熟期にある室伏は、5月8日にゴールデングランプリ川崎(神奈川・等々力)で78m10、17連覇を決めた6月11日の第95回日本選手権(埼玉・熊谷)で77m01とわずか2試合のみの出場。シーズンランキング12位の立場で8月27日の予選、29日の決勝のビッグゲームへ。これは1年前、8月に80m99を放つなどして、国際陸連ハンマー投チャレンジシリーズの初代王者となった流れと同じである。
室伏は予選でシーズンベストの78m56をマークして全体トップ。決勝は1投目から順に79m72、81m03、81m24と、階段を一歩一歩上るようにシーズンベストを更新していく。そして5投目に、もう1度81m24を放った。クリスチャン・パルシュ(ハンガリー)が81m18と迫ったが、逆転は許さなかった。
室伏の世界選手権のメダル履歴は、2001年銀、2003年銅、そして今大会の金。世界選手権のメダルコレクション全色を完成した。また、五輪と世界選手権両方の王者として君臨。世界選手権の男子種目最年長金メダリストとなった室伏は、「長く競技を続けてこられたのは『自分の可能性がどこまであるのか』、そこに着眼点を置いてやってきたからだと思います」と話した。
中長距離種目で5つの入賞
福島が2種目でセミファイナルへ
世界選手権のメダルは1つだったが、中長距離・競歩で入賞が5つ。マラソンは女子の赤羽有紀子(ホクレン)が5位、男子の堀端宏行(旭化成)が7位と粘り強さを見せ、日本勢連続入賞を男子「7」、女子「8」に伸ばした。ワールドカップの国別対抗戦では、男子がケニアに次ぐ銀メダルを獲得した。
男子競歩は入賞3つの収穫。男子50kmは3選手とも健闘し、森岡紘一朗(富士通)が後半のペースアップで6位に入り、後に上位選手が失格となって5位に繰り上がり。今村文男コーチの日本勢最高順位(6位)を塗り替えた。9位だった谷井孝行(自衛隊体育学校)も8位入賞へ繰り上がり。9位の荒井広宙(北陸亀の井ホテル)は日本代表全選手でただ1人の自己新をマークした。
男子20kmで鈴木雄介(富士通)が14kmまで先頭を引っ張る積極果敢なレースを展開し、8位入賞を果たした。鈴木も上位選手の失格により、4位まで繰り上がっている。
福島千里(北海道ハイテクAC)が女子100m、200mの2種目で準決勝に進出。どちらも日本人初の「セミファイナリスト」になった。2年前のベルリン大会は100mの1次予選を突破して2次予選で敗退。予選、準決勝、決勝の3ラウンドに変更された今回、予選4組に出場した福島は11秒35(+0.1)で2着を占め、「着順」で堂々と準決勝へ進んだ。200m予選は23秒25(-0.1)の5着ながらプラス通過最後の1枠に滑り込み。世界との差をじりじりと縮めてきた日本の女子短距離が一つの壁を越えた大会であった。
日本選手権混成で右代が日本人初の8000点超え
久保倉が400mハードル55秒34の日本新
第95回日本選手権は6月10日~12日に埼玉県熊谷市の熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で開催されたが、それに先立った6月4日~6日に日本選手権混成が神奈川県川崎市の等々力競技場で行われ、混成史の大きな節目となった。男子十種競技において、右代啓祐(スズキ浜松AC)が日本人初の8000点超えとなる8073点を記録したのである。金子宗弘(ミズノ)が18年保持した7995点を196cm、93kgの大型デカスリートは、かなり細身だった身体を長い年月をかけて強化。スプリントに活路を見出す多くの日本人選手とは異なり、高校時代から単独種目にも出場してきたやり投で73m06を投じるなど、投てき3種目が大きな武器にある。加えて、この日は400m、110mハードルで自己新、走高跳で自己タイと、重量化すると難しくなる種目でも価値ある得点を重ねた。
女子では400mハードルの第一人者・久保倉里美(新潟アルビレックスRC)が6月の大阪選手権特別レースで55秒34の日本新をマーク。日本選手権(55秒81で5連覇)後に出たアキレス腱痛を抱えた状態ながら、3年前に自身が出した55秒46、世界選手権参加A標準が55秒40でこれらをまとめて上回った。
各カテゴリーの国際大会で日本勢が活躍
ユニバーシアードで大迫傑が金
第19回アジア選手権は7月7日~10日、兵庫県神戸市の神戸総合運動公園ユニバー記念競技場で開催。大会優勝者は世界選手権A標準突破者と同等の資格を得られ、世界選手権代表の最終選考会として機能した。綾真澄(丸善工業)が女子ハンマー投で日本初の金メダルを獲得。ほかに男子棒高跳の澤野大地(千葉陸協)、村上幸史(スズキ浜松AC)、福島千里(北海道ハイテクAC)、久保倉里美(新潟アルビレックスRC)が勝ち、世界選手権へのステップを踏んだ。
同時期に18歳以下の舞台である世界ユース選手権がフランス・リールで行われ、男子100mで大瀬戸一馬(小倉東高・福岡)が銀メダルを獲得。1位と100分の1秒差の大接戦だった。大瀬戸を1走に配する男子メドレーリレー(100m+200m+300m+400m)が3大会連続のメダルとなる銀、男子400mハードルの松本岳大(加古川東高・兵庫)は日本勢2人目となる銅メダルを獲得した。
8月16日~21日にはユニバーシアードが中国・深センで開催。酷暑の中、男子10000mで大迫傑(早大)が金メダルを獲得。同大学の監督である渡辺康幸(早大)以来16年ぶりの栄冠となった。男子400mハードルの岸本鷹幸(法大)が銀メダルを獲得し、続く世界選手権での準決勝進出につなげている。男子4×400mリレーや男女のハーフマラソン、女子10000mも加えたメダル獲得数は金3、銀3、銅3となった。
白熱のロンドン五輪マラソン代表選考
テグ世界選手権のマラソンから、2012年ロンドン五輪のマラソン代表選考がスタートした。堀端、赤羽は「即時内定」となるメダルには届かず、2人ともその後の国内選考会の成績が不振だったことでロンドン五輪の「補欠」に。
男女代表はいずれも各3大会の国内代表選考会の中から選出され、男子は2012年2月26日の東京マラソンで日本歴代7位の2時間7分48秒をマークした藤原新(東京陸協)、3月4日のびわ湖毎日マラソン4位、5位(日本人1、2位)だった山本亮(佐川急便)と中本健太郎(安川電機)が選ばれた。
女子は11月20日の横浜国際女子マラソンを2時間26分32秒で制した木﨑良子(ダイハツ)、12年1月28日の大阪国際女子マラソン優勝の重友梨佐(天満屋)、そして男女含めて最終選考レースとなった3月11日の名古屋ウィメンズマラソンで日本人トップの2位を占めた尾崎好美(第一生命)が晴れの五輪代表に選ばれた。
記事提供:月刊陸上競技
平成23年4月~平成24年3月
震災を受け陸上界から活発な支援
テグ世界選手権で室伏広治が金メダル
3月の東日本大震災の発災を受け、日本陸連は「JAAF震災復興プロジェクト~みんなのこころのタスキリレー」を立ち上げ、支援活動を開始した。多くのアスリートや陸上競技関係者も連動、あるいは独自に支援を行った。第64回インターハイは被災地となった岩手・北上で8月3日~7日、多くの困難を乗り越えて開催されている。
2011年はお隣の韓国・テグで第13回世界選手権が開催。男子ハンマー投の室伏広治(ミズノ)が金メダルを獲得した。36歳、円熟期にある室伏は、5月8日にゴールデングランプリ川崎(神奈川・等々力)で78m10、17連覇を決めた6月11日の第95回日本選手権(埼玉・熊谷)で77m01とわずか2試合のみの出場。シーズンランキング12位の立場で8月27日の予選、29日の決勝のビッグゲームへ。これは1年前、8月に80m99を放つなどして、国際陸連ハンマー投チャレンジシリーズの初代王者となった流れと同じである。
世界選手権 室伏広治 ©月刊陸上競技
室伏は予選でシーズンベストの78m56をマークして全体トップ。決勝は1投目から順に79m72、81m03、81m24と、階段を一歩一歩上るようにシーズンベストを更新していく。そして5投目に、もう1度81m24を放った。クリスチャン・パルシュ(ハンガリー)が81m18と迫ったが、逆転は許さなかった。
室伏の世界選手権のメダル履歴は、2001年銀、2003年銅、そして今大会の金。世界選手権のメダルコレクション全色を完成した。また、五輪と世界選手権両方の王者として君臨。世界選手権の男子種目最年長金メダリストとなった室伏は、「長く競技を続けてこられたのは『自分の可能性がどこまであるのか』、そこに着眼点を置いてやってきたからだと思います」と話した。
中長距離種目で5つの入賞
福島が2種目でセミファイナルへ
世界選手権のメダルは1つだったが、中長距離・競歩で入賞が5つ。マラソンは女子の赤羽有紀子(ホクレン)が5位、男子の堀端宏行(旭化成)が7位と粘り強さを見せ、日本勢連続入賞を男子「7」、女子「8」に伸ばした。ワールドカップの国別対抗戦では、男子がケニアに次ぐ銀メダルを獲得した。
男子競歩は入賞3つの収穫。男子50kmは3選手とも健闘し、森岡紘一朗(富士通)が後半のペースアップで6位に入り、後に上位選手が失格となって5位に繰り上がり。今村文男コーチの日本勢最高順位(6位)を塗り替えた。9位だった谷井孝行(自衛隊体育学校)も8位入賞へ繰り上がり。9位の荒井広宙(北陸亀の井ホテル)は日本代表全選手でただ1人の自己新をマークした。

世界選手権 森岡紘一朗 ©月刊陸上競技
男子20kmで鈴木雄介(富士通)が14kmまで先頭を引っ張る積極果敢なレースを展開し、8位入賞を果たした。鈴木も上位選手の失格により、4位まで繰り上がっている。
福島千里(北海道ハイテクAC)が女子100m、200mの2種目で準決勝に進出。どちらも日本人初の「セミファイナリスト」になった。2年前のベルリン大会は100mの1次予選を突破して2次予選で敗退。予選、準決勝、決勝の3ラウンドに変更された今回、予選4組に出場した福島は11秒35(+0.1)で2着を占め、「着順」で堂々と準決勝へ進んだ。200m予選は23秒25(-0.1)の5着ながらプラス通過最後の1枠に滑り込み。世界との差をじりじりと縮めてきた日本の女子短距離が一つの壁を越えた大会であった。
日本選手権混成で右代が日本人初の8000点超え
久保倉が400mハードル55秒34の日本新
第95回日本選手権は6月10日~12日に埼玉県熊谷市の熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で開催されたが、それに先立った6月4日~6日に日本選手権混成が神奈川県川崎市の等々力競技場で行われ、混成史の大きな節目となった。男子十種競技において、右代啓祐(スズキ浜松AC)が日本人初の8000点超えとなる8073点を記録したのである。金子宗弘(ミズノ)が18年保持した7995点を196cm、93kgの大型デカスリートは、かなり細身だった身体を長い年月をかけて強化。スプリントに活路を見出す多くの日本人選手とは異なり、高校時代から単独種目にも出場してきたやり投で73m06を投じるなど、投てき3種目が大きな武器にある。加えて、この日は400m、110mハードルで自己新、走高跳で自己タイと、重量化すると難しくなる種目でも価値ある得点を重ねた。
日本選手権混成 右代啓祐 ©月刊陸上競技
女子では400mハードルの第一人者・久保倉里美(新潟アルビレックスRC)が6月の大阪選手権特別レースで55秒34の日本新をマーク。日本選手権(55秒81で5連覇)後に出たアキレス腱痛を抱えた状態ながら、3年前に自身が出した55秒46、世界選手権参加A標準が55秒40でこれらをまとめて上回った。
各カテゴリーの国際大会で日本勢が活躍
ユニバーシアードで大迫傑が金
第19回アジア選手権は7月7日~10日、兵庫県神戸市の神戸総合運動公園ユニバー記念競技場で開催。大会優勝者は世界選手権A標準突破者と同等の資格を得られ、世界選手権代表の最終選考会として機能した。綾真澄(丸善工業)が女子ハンマー投で日本初の金メダルを獲得。ほかに男子棒高跳の澤野大地(千葉陸協)、村上幸史(スズキ浜松AC)、福島千里(北海道ハイテクAC)、久保倉里美(新潟アルビレックスRC)が勝ち、世界選手権へのステップを踏んだ。
同時期に18歳以下の舞台である世界ユース選手権がフランス・リールで行われ、男子100mで大瀬戸一馬(小倉東高・福岡)が銀メダルを獲得。1位と100分の1秒差の大接戦だった。大瀬戸を1走に配する男子メドレーリレー(100m+200m+300m+400m)が3大会連続のメダルとなる銀、男子400mハードルの松本岳大(加古川東高・兵庫)は日本勢2人目となる銅メダルを獲得した。
8月16日~21日にはユニバーシアードが中国・深センで開催。酷暑の中、男子10000mで大迫傑(早大)が金メダルを獲得。同大学の監督である渡辺康幸(早大)以来16年ぶりの栄冠となった。男子400mハードルの岸本鷹幸(法大)が銀メダルを獲得し、続く世界選手権での準決勝進出につなげている。男子4×400mリレーや男女のハーフマラソン、女子10000mも加えたメダル獲得数は金3、銀3、銅3となった。
白熱のロンドン五輪マラソン代表選考
テグ世界選手権のマラソンから、2012年ロンドン五輪のマラソン代表選考がスタートした。堀端、赤羽は「即時内定」となるメダルには届かず、2人ともその後の国内選考会の成績が不振だったことでロンドン五輪の「補欠」に。
男女代表はいずれも各3大会の国内代表選考会の中から選出され、男子は2012年2月26日の東京マラソンで日本歴代7位の2時間7分48秒をマークした藤原新(東京陸協)、3月4日のびわ湖毎日マラソン4位、5位(日本人1、2位)だった山本亮(佐川急便)と中本健太郎(安川電機)が選ばれた。
女子は11月20日の横浜国際女子マラソンを2時間26分32秒で制した木﨑良子(ダイハツ)、12年1月28日の大阪国際女子マラソン優勝の重友梨佐(天満屋)、そして男女含めて最終選考レースとなった3月11日の名古屋ウィメンズマラソンで日本人トップの2位を占めた尾崎好美(第一生命)が晴れの五輪代表に選ばれた。
記事提供:月刊陸上競技


