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日本陸上競技連盟史

2020年度

2020年度
令和2年4月~令和3年3月

 2020年を迎え、世界の日常が変わっていった。発端となったのは、2019年12月に中国の湖北省武漢市で新型コロナウイルスによる感染症が確認されたこと。それが年明けから中国全土へと爆発的に拡散、徐々に日本を含む世界中へと広がり始めた。3月11日には世界保健機関(WHO)が世界規模で流行する危険性の水準として最高レベルの「非常に高い」と判断し、「パンデミック(世界的大流行)」を宣言。世界中で国内外の渡航を自粛・禁止する措置を次々と取っていった。

 そんな状況下にあって、スポーツ界も例外はなく、アジア室内選手権(2月杭州/2月12日~13日)が中止、世界室内選手権(南京/3月13日~15日)が延期となった。2年に1度の世界ハーフマラソン選手権(3月29日/ポーランド・グディーニャ)も10月17日への延期が決定している。

 そして、東京五輪にも“決断”の時が来た。3月12日には五輪発祥の地、ギリシャ・オリンピアで聖火の採火式が執り行われ、聖火リレーがスタート。第2走者は2004年のアテネ五輪女子マラソンの金メダリスト・野口みずきさんが務めた。その聖火が3月20日に宮城県石巻市の航空自衛隊松島基地に到着し、3月26日に福島県のナショナルトレーニングセンター・Jヴィレッジから日本国内の聖火リレーが始まるはずだった。

 3月24日、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長、日本の安部晋三首相、大会組織委員会の合意の下、今年7月24日に開幕予定だった東京オリンピック・パラリンピックの延期が決定。6日後の30日に「2021年」の開催が正式に発表された。

 五輪は開会式は7月23日に行われ、8月8日が閉会式。パラリンピックは8月24日~9月5日の日程で、当初(五輪:7月24日~8月9日、パラリンピック:8月25日~9月6日)から1年のスライドとなり、各競技のスケジュールは従来のものを踏襲されるかたちとなった。大会の名称も「TOKYO 2020」が継続されることが確認されている。

五輪延期が決まった国立競技場 ©月刊陸上競技

 陸上競技は7月30日~8月8日の10日間の日程。2019年11月1日に暑熱対策のため札幌への移転が決まったマラソン・競歩の会場は北海道・札幌のままで、後半4日間に集中開催されることになる。

 ここまでの経緯について、安倍首相は次のように談話を残した。
「開催国日本として東京五輪について、現下の状況を踏まえ、世界のアスリートのみなさんが最高のコンディションでプレーでき、そして観客のみなさんにとって安全で安心な大会とするために、概ね1年程度、延期することを軸として提案した。バッハ会長からは100%同意するという答えをいただいた。今後、人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証として、完全なかたちで東京オリンピック・パラリンピックを開催するために、バッハ会長と緊密に連携ををしていくことを確認した。そして、開催国としての責任を果たしていきたいと思う」(安部首相)

 過去に「中止」は1940年の東京大会(返上した後に中止)を含めて3度あったが、すべて世界大戦に起因するもの。東西冷戦時代の80年モスクワ大会は米国や日本をはじめ西側諸国、84年ロサンゼルス大会はソ連など東側諸国のボイコットもあったが、「延期」は1896年に第1回アテネ大会が開催されてから史上初となる。合わせて、聖火リレーも中止となった。

日本陸連主催大会・後援大会も6月まで中止・延期に

 日本の陸上界では、東京五輪1年延期が決まる前後、春の日本グランプリシリーズなどの主要大会が、相次いで延期、中止の動きが進んだ。そして4月3日、日本陸連の尾縣貢専務理事が「4月から6月末までの陸連主催・後援の大会すべてを延期か中止」と表明した。

 これにより、6月25日~28日に大阪市のヤンマースタジアムで開催予定だった第104回日本選手権、5月10日に東京・国立競技場で予定されていたゴールデングランプリは延期、日本グランプリシリーズは中止とする大会が多く、5月15日~17日開催予定だった全日本実業団対抗選手権も延期が決まった。日本陸連の動きに合わせて、各都道府県陸協も同様の動きに。全国の競技場から歓声が消えることになった。

 それだけではない。4月7日に埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県、福岡県の7都府県に緊急事態宣言発令。4月16日にはそれが全国に広がり、学校も休校措置が取られた。もちろん部活動も中断を余儀なくされ、全高体連は4月26日にインターハイ(8月12日~16日/静岡・小笠山総合運動公園競技場)の中止を、全国中体連は4月28日に全日本中学校選手権(8月17日~20日/三重・三重交通G スポーツの杜 伊勢)の中止をそれぞれ発表した。インターハイは73回、全中は47回の歴史の中で、ともに初の事態。

 それでも、動きは止めない。4月17日には、すでに発表済みのマラソン、競歩の東京五輪代表の「内定」を改めて承認。マラソンは男子が中村匠吾(富士通)、服部勇馬(トヨタ自動車)、大迫傑(Nike)、女子は前田穂南(天満屋)、鈴木亜由子(日本郵政グループ)、一山麻緒(ワコール)。20km競歩の男子は山西利和(愛知製鋼)、池田向希(東洋大)、女子は岡田久美子(ビックカメラ)、藤井菜々子(エディオン)。男子50km競歩は鈴木雄介(富士通)、川野将虎(東洋大)がそのメンバーで、ここに新たに男子20km競歩3枠目として髙橋英輝(富士通)が加わった。代表候補選手として古賀友太(明大)、藤澤勇(ALSOK)が選出された。

 また、6月4日にオンラインで実施された日本陸連理事会で、日本選手権を10月1日(木)~3日(土)の3日間、新潟市のデンカビッグスワンスタジアムで5年ぶりに開催することを決めた。当初は4日間だった日程も1日短縮する。また、男子十種競技、女子七種競技については6月中旬だった日程を9月26日、27日とし、従来通り長野市の長野市営陸上競技場で行われる。ただ、開催はあくまでも「感染状況次第」と尾縣貢専務理事は前置きする。5000m、10000m、3000m障害の3種目を12月上旬を目標に期日・会場を調整中。東京五輪参加標準記録の有効期間が12月1日に再開されることを受け、1つでも多く五輪出場のチャンスを得るための措置。最終的に12月4日、大阪市のヤンマースタジアム長居での開催が決まった。

 そして7月、遅いシーズンインがようやくやってきた。その先頭を切って行われたのが、ホクレン・ディスタンスチャレンジ。7月4日の士別を皮切りに、8日に深川、15日に網走、18日に千歳と計4戦を開催した。士別と深川は無観客だったが、後半2戦は有観客に。深川の女子3000mでは田中希実(豊田自動織機TC)が8分41秒35の18年ぶり日本新、千歳の男子3000m障害では順大ルーキー・三浦龍司が日本記録にあと0.44秒と迫る、日本歴代2位の8分19秒37をマーク。学生記録(8分25秒8)を41年ぶり、U20日本記録(8分31秒27)を37年ぶりに塗り替えた。

 7月23日の大阪選手権では青山聖佳(大阪成蹊AC)が4年ぶり自己新、日本歴代2位の52秒38をマーク。8月1日の北麓スプリントの男子100mでは桐生祥秀(日本生命)が10秒04(+1.4)を叩き出した。

 中高生への一助として、6月25日には世界陸連(WA)のリザルトスコアを用いた全国のポイントランキング形式で争う「全国高校リモート選手権」「第66回全日本中学校通信陸上競技大会」の実施を発表。7月3日には日本陸連がインターハイ、全中の代替大会として、全国高校大会(10月23日~25日、広島広域/U20全国陸上競技大会を同時開催)、全国中学生大会(10月16日~18日、神奈川・日産スタジアム/日本選手権リレーおよび全国高校大会リレー種目を同時開催)の開催も発表し、少しずつ活気が戻っていく。

セイコーGGPを国立で開催 田中が1500mで日本新

 8月に入ると、日本のトップ選手たちが一堂に会する大会が行われた。世界陸連(WA)が今季創設した「コンチネンタルツアー」のゴールド枠に指定された「セイコーゴールデングランプリ2020東京」が8月23日、来年の五輪の舞台となる東京・国立競技場で開催。6万人を収容できる新しい〝ナショナル・スタジアム〟での初の本格的な陸上大会は無観客での開催を余儀なくされ、海外からの出場も見送られたが、五輪本番の走路に立てる貴重な機会を得た日本のトップ選手たちが、各種目で健闘した。

 女子1500mでは田中希実(豊田自動織機TC)が4分05秒27の日本新。同じ兵庫出身の小林祐梨子が須磨学園高3年時の2006年に出した4分07秒86を、一気に2秒59更新した。また、男子やり投では2012年のロンドン五輪代表だったディーン元気(ミズノ)が、6投目に自身7年ぶりの80m台となる84m05のセカンドベストをマークして、復活を告げる優勝。メダリストが顔をそろえた男子100mは、予選でただ1人10秒0台(10秒09/+0.7)を出した桐生祥秀(日本生命)が、安定した走りで優勝(10秒14/-0.2)を飾った。

セイコーゴールデングランプリ 女子1500m 田中希実 ©月刊陸上競技

 インターハイが中止になったことを受け、日本陸連が「ドリームレーン」と名付けて高校生アスリートの参加を公募。選ばれた選手たちはあこがれのトップ選手との〝共演〟に心躍らせ、男子やり投でディ-ンの後輩となる巖優作(市尼崎高3兵庫)が高校歴代2位の74m29、男子100m予選では栁田大輝(東農大二高・群馬)が高2歴代2位の10秒27(+0.7)をマークするなど、各種目で好記録が相次いだ。

 Athlete Night Games in FUKUIの第2回大会が8月29日、福井市の県営陸上競技場で行われた。観戦チケットを一般販売し、有観客で開催。役者がそろった男子100mはケンブリッジ飛鳥(Nike)が日本歴代7位の10秒03(+1.0)をマークし、桐生祥秀(日本生命)を0.03秒差で抑えて優勝した。女子100mハードルは青木益未(七十七銀行)が追い風参考ながら日本最速の12秒87(+2.1)をマーク。男子110mハードルでも金井大旺(ミズノ)が日本歴代2位の13秒27(+1.4)で快勝した。


延期の日本選手権は新潟開催、桐生らが熱走

 第104回日本陸上競技選手権大会が10月1日~3日の3日間、新潟市のデンカビッグスワンスタジアムで5年ぶりに開催され、新潟県在住者に絞って1日2000人を上限に有観客で実施された。

 男女のスプリントハードルでは、そろって大会タイ記録が誕生。男子110mハードルは金井大旺(ミズノ)が自身の日本記録に並ぶ13秒36(-0.1)で2年ぶり優勝を飾った。前回は準決勝で不正スタートのため失格となり、ドーハ世界選手権代表入りを逃したが、その雪辱を見事に果たした。女子100mハードルは青木益未(七十七銀行)が日本歴代3位タイの13秒02(-0.1)で2年ぶり2回目の優勝を飾り、金井とともに今大会の最優秀選手賞を獲得した。

日本選手権 最優秀選手賞 金井大旺 青木益未 ©月刊陸上競技


 大熱戦で会場を盛り上げたのが男子100m。5位までの差がわずか0.07秒という大混戦となったレースは、桐生祥秀(日本生命)がケンブリッジ飛鳥(Nike)に100分の1秒差の10秒27(-0.2)で競り勝ち、6年ぶり2回目の優勝をもぎ取った。

日本選手権 男子100m決勝 ©月刊陸上競技

 女子短距離も盛況で、100mは兒玉芽生(福岡大)が9月中旬の日本インカレで出した日本歴代3位の自己ベストに0.01秒と迫る11秒36(+0.5)で前年(200m)に続く優勝。200mは100m2位の鶴田玲美(南九州ファミリーマート)が日本歴代3位の23秒17(-0.1)で初優勝を飾った。

 男子走高跳は真野友博(九電工)が2m30をクリアして初優勝。9月の全日本実業団対抗選手権(2m31/日本歴代4位タイ)に続く大台ジャンプを見せた。男子やり投は新井涼平(スズキ浜松AC)が、同学年のディーン元気(ミズノ)との熱戦を6投目(81m57)の逆転で制し、7連覇を達成。ディーンは80m07で2位だった。女子やり投も佐藤友佳(ニコニコのり)と前回覇者・北口榛花(JAL)が接戦を展開し、6投目に59m32を放って北口を2cm上回り、初優勝を飾った。

 男女5000m、10000m、3000m障害の第104回日本選手権は12月4日、大阪市のヤンマースタジアム長居で行われた。新型コロナウイルスの感染拡大で一時凍結されていた参加標準記録が12月から解禁になり、東京五輪の代表選考競技会を兼ねた今大会。このレースを含め、標準記録突破者が優勝すれば即代表に内定する条件下で、女子10000mではすでに標準突破をしていた新谷仁美(積水化学)が独走で30分20秒44と、従来の日本記録(30分48秒89/渋井陽子・三井住友海上、2002年)を28秒45も更新する激走で7年ぶり2度目の優勝を飾り、2大会ぶりの五輪代表に内定した。

日本選手権 女子10000m 新谷仁美 ©月刊陸上競技

 3位までが日本記録(27分29秒69/村山紘太・旭化成、2015年)を破った男子10000mでは、上位2人が27分28秒00の参加標準記録を初めて突破。相澤晃(旭化成)が27分18秒75で優勝し、同学年の伊藤達彦(Honda)が27分25秒73で2位を占めた。相澤が初の五輪代表に内定。3位の田村和希(住友電工)は27分28秒92と、標準記録にわずかに届かなかった。

日本選手権 男子10000m 相澤晃 ©月刊陸上競技

 また、標準記録突破者同士の争いとなった女子5000mは、田中希実(豊田自動織機TC)が廣中璃梨佳(日本郵政グループ)を退けて優勝(15分05秒65)を飾り、五輪代表に内定した。

 第104回日本選手権混成競技は9月26日~27日、長野県の長野市営競技場で行われ、スズキ浜松AC勢が男女Vを達成。十種競技は中村明彦が7739点で3年ぶり王座奪還を果たし、七種競技は山﨑有紀が5799点で3連覇を達成した。

 全国高校大会、全国中学校大会ともに無事に開催された。全国高生大会では男子の三輪颯太(西武文理高3埼玉)、女子の石川優(相洋高3神奈川)がともに100m、200m2冠を達成。全国中学生大会では男女の四種競技で中学新が誕生するなど、両大会ともに盛況だった。ただ、一方で3年生は受験などのため、試合再開を迎えることなく引退するという現実もあり、中学、高校、大学まで登録者数は軒並み減少した。

鈴木健吾が日本人初の2時間4分台

 ロードシーズンに入っても、その時々の状況に合わせた対応が求められた。

 2021年1月31日の大阪国際女子マラソンは、大阪府に緊急事態宣言が発令されたことを受けて、大阪市内を巡る従来のコースから長居公園内の周回コース(1周2.8kmの公園周回路を15周~ヤンマースタジアム長居フィニッシュ)に変更。海外から選手を招聘できないことから男女混合レースとし、男性ぺースメーカーが起用される異例のレースに。東京五輪代表の前田穂南(天満屋)と一山麻緒(ワコール)が、2時間19分12秒の日本記録(野口みずき/当時・グローバリー、2005年)に挑戦し、一山がセカンドベストの2時間21分11秒で制した。野口が2003年に作った2時間21分18秒の大会記録を上回り、今後「男女混合レース」の大会記録として「女子単独レース」の野口の記録と併記されることになった。前田は2時間23分30秒の自己ベストで2位だった。

 東京マラソン2021は3月7日から10月17日へ延期、さらには22年3月6日へ再延期され、東京マラソン2022は中止になっている。

 びわ湖毎日マラソンは戦後すぐ、1946年に大阪で産声を上げ、滋賀県に移ったのは1962年の第17回大会から。63~64年は一時的に東京五輪のコースで行われたが、65年以降はずっと琵琶湖畔の近江路で数々の熱戦を繰り広げてきた。2022年からは大阪マラソンと統合される来年からは再スタートとなり、2月28日に行われた第76回大会は歴史の一幕にピリオドを打つレースに。その節目の大会で、鈴木健吾(富士通)が2時間4分56秒と、日本人初の2時間4分台に突入する日本新記録を樹立した。3人に絞られた先頭集団が35kmを1時間44分01秒で通過。大迫傑(Nike)が2020年の東京マラソンで出した2時間5分29秒の日本記録には25秒遅い。だが、鈴木が36.3㎞の給水を失敗したことで開き直り、スパート。この1回の仕掛けで勝負は決まったが、見事だったのが、独走になってからの鈴木のペースアップだった。35kmからの5kmを14分39秒と最速ペースに上げ、ラスト2.195㎞も6分16秒で走破。日本記録を33秒も塗り替える圧巻のスピードを見せた。

びわ湖毎日マラソン 鈴木健吾 ©月刊陸上競技

 名古屋ウィメンズマラソンは3月14日、愛知県名古屋市のナゴヤドームを発着点とするコースで行われ、初出場の松田瑞生(ダイハツ)が2時間21分51秒で快勝した。終始強い風が吹くなか、昨年の大阪国際で出した日本歴代7位の自己ベスト(2時間21分47秒)にあと4秒と迫る力走でマラソン3勝目を飾り、東京五輪代表候補選手としての力を示した。

 第104回日本選手権20㎞競歩は2月21日、兵庫県神戸市の六甲アイランド甲南大学西側20㎞コースで行われ、男子は一昨年のドーハ世界選手権金メダリスト・山西利和(愛知製鋼)が大会新、日本歴代パフォーマンス3位の1時間17分20秒で圧勝し、2連覇を飾った。2位は髙橋英輝(富士通)が1時間18分04秒で、3位は池田向希(東洋大)で1時間18分45秒で続き、東京五輪代表が上位を占めた。女子は藤井菜々子(エディオン)が、6連覇中の岡田久美子(ビックカメラ)との五輪代表同士のマッチレースを制し、1時間30分45秒で初優勝を飾った。岡田は1時間31分51秒で2位だった。

 第104回日本選手権室内競技は3月17日~18日に大阪市の大阪城ホールで行われた。当初は2月6日~7日に開催予定だったが、1都3県に緊急事態宣言が発出されたことを受けて延期に。それでも、男子走幅跳で橋岡優輝(日大)が22年ぶり室内日本新の8m19で優勝、男女60mハードルでは室内日本新ラッシュとなるなど、盛況だった。

記事提供:月刊陸上競技