バーチャルミュージアム

CHAMPIONSHIPS日本選手権日本選手権の歴史、歴代優勝者、開催地や最優秀選手などの情報を収めています。

日本選手権の歴史

第31回1947年
(昭和22年)

戦後復活2年目の大会は、福岡・鞘ヶ谷で10月4、5日に開かれた。この年も若手の台頭より、全般に戦前の経験者、ベテランのほうが存在感を示した。走高跳では、ベルリン五輪6位の田中弘(早大倶)が、オリンピックから11年後のこの大会で1m91を跳び、日本選手権初優勝となった。 また、女子80mハードル...

第32回1948年
(昭和23年)

戦後初のオリンピックがロンドンで行われた年。しかし、国際陸連から除名処分を受けていた日本の参加はならなかった。日本は五輪直後に大会を、異例のお盆と重なる8月14、15日に山形で開催した。ロンドン五輪の結果に刺激されて好記録を目指したいという考えからであった。 結果、その五輪の優勝記録...

第33回1949年
(昭和24年)

この年も夏の開催。8月27、28日に奈良の橿原で行われた。やり投で鈴木源三郎(青森陸協)が、昭和11年以来13年ぶりの優勝を果たした。日大時代に60m31を投げて初優勝、競技を続けていた。この大会の記録は58m48だった。

第34回1950年
(昭和25年)

日本陸上が国際陸連への復帰が認められた年。記念すべき大会は10月7、8日、鹿児島の鴨池競技場で開催された。しかし、記録は全般に低調なものとなった。当時の交通網の未整備がその背景にあったとされる。移動に時間がかかりコンディションの調整が難しかったという。 そんななか、女子走幅跳で杉村清...

第35回1951年
(昭和26年)

10月13~14日、愛知県・瑞穂公園競技場。天候に恵まれず全般に記録が低調な大会となった。そんななか、気を吐いたのが400mハードルの岡野栄太郎(中大)で、53秒6の日本新で優勝した。また、高校生ながら5000、10000mの2冠に輝いた石井賢治(長野・臼田農高)が注目された。

第36回1952年
(昭和27年)

10月4~5日、岐阜県営競技場。ヘルシンキ五輪の後の大会で、海外から4人の金メダリストが参加。マッケンレー(ジャマイカ)が100、200、400mの3種目を制した。女子100mのジャクソン(オーストラリア)は11秒4の世界新。五種競技で南部忠平の長女・敦子(光華高)が日本新。2位の佐藤妙子(日東紡)も日...

第37回1953年
(昭和28年)

10月10~11日、明治神宮外苑。五種競技で南部敦子が日本新。帖佐寛章(東教大)が800m、1500mの2種目制覇。100m、200mの中島健(同)も2種目制覇。80mハードルで宮下美代(光華ク)が日本記録を上回る11秒5で走ったが、追い風2.6mだった。商柄進(5000m、3000mSC)©フォート・キシモト帖佐寛章(800m...

第38回1954年
(昭和29年)

9月24~26日、明治神宮外苑。走幅跳で久保敏行(門鉄)が優勝し、田島政次(中大)の5連覇を阻止した。50km競歩で映圃俳優の細川俊夫(東京)が2連覇を果たした。細川は10000m競歩でも優勝。ちなみに、この年は、5月にフィリピンのマニラでアジア大会が行われ、日本は17種目で優勝した。

第39回1955年
(昭和30年)

10月22~23日、神戸市民運動場。3000m障害の高橋進(八幡製鉄)が9分08秒0の日本新で優勝、9連覇を遂げた。

第40回1956年
(昭和31年)

10月6~7日、宮城野競技場。メルボルン五輪の予選会を兼ねた大会で、最大の出来事は、小掛照二(大昭和)の三段跳16m48の日本新記録樹立。ホップ5m95、ステップ5m15、ジャンプ5m38であった。 やり投は高校2年(那賀高)の三木孝志が60m07で優勝し注目される。 メルボルン・オリンピックはメダルなし...

記事提供:スポーツジャーナリスト 満薗文博